『Up to one hundred souls of triplets』

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 ファミレスから直行でバイト先に向かう久米。場所は徒歩で通える距離。仕事は工場内の本の製本作業。主に雑誌や単行本などの商品の管理や仕分け、所謂、ピッキング作業や書籍の搬入や出荷のチェックを担当している。勤め始めて一年が過ぎ、久米も飽きっぽい自分には我ながら続いている仕事だな、と思ってはいるが、あまり自分から率先して業務をこなしたいとは思っていなかった。実際には久米にもアルバイト連中のリーダー的立場に社員から推された事も何度かあったが、時給が上がる云々よりも仕事に対する責任を負う事を嫌がって、ずっと拒否してきた。所謂、典型的なダメ人間フリーター。なので長瀬がバイト・リーダーになって感心している態度をとっていたが、内心、よくもそんな面倒臭いポジションにつくな……目出度い奴だ、と軽んじて眺めていた。  ダラダラしたそぞろ歩きもそこそこに、いつもの職場にたどり着いた久米は、二階のロッカー室で上半身だけ作業着を羽織ると、アクビを一つ、とっとと仕事場に向かった。下はジーンズでカジュアル・ウェアOKの仕事なので、もはや廃棄寸前のバスケット・シューズを履いて出勤している久米のスタイルを気にかける者はいない。むしろ頑張って労働した成果の立派な作業靴。  久米は軽やかに階段を降りて一階の作業場に向かうと、途中、休憩室を横切る際にパートの中年婦人連中がそこで井戸端会議している様子を見かけた。いつも久米は仕事の前に缶ジュースを飲むので、休憩室にある自販機で購入しようとした。すると案の定、パートのおばちゃん連中の一人が久米に話しかけてきた。 「あ、おはよう、久米君」 「おはよっす、梅沢(うめざわ)さん。また、相変わらず内輪で話が盛り上がってますね」 「そうなのよお。今、私たちの間で怪談話がブームなのよ」 「怪談話? 何すか、それ。まったくもって脈絡のない展開っぽいすけど。この前まではBSの韓流ドラマの再放送連発で、時代遅れのヨン様ブームで談合してたのに、今じゃ怪談って。振り幅が凄いっすね」     
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