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他方、公太の方も皿を置いた気配があった。
「そりゃどういう意味だ、」
と言った後、彼は風を追うようにして部屋の外へ目を遣った。どうやらアトリエの中庭にある、巨大な白い庭石を見つめているようだった。
「まるで女の人に惚れるみたいに、ってことだよ、きみが昔言ったーー」
春繁は肩を震わせてそう言った。
彼は庭石を見ることが出来なかった。そこに白々と現れているであろう、公太の献身の源らしい無関心のざらついた肌理を見ることが、春繁には直に友の本心を知ることと同様に恐ろしかった。
病人の髪が縁側からの風で戦ぐのを、公太が軽く手で制したのが、春繁の眼に映った。
〇
真一郎にその変化が起こったのは突然だった。少なくとも春繁は、それ以前に前触れがあったなんて知らなかった。
ある日、公太の友人らとアトリエで酒を飲んでいた席で、突然真一郎が立ち上がった。彼はものも言わず、ふらふらと数歩歩くと、そのまま厠へと続く廊下に向かって歩き出し、ふと崩れるようにしゃがみ込んだ。
「日下、」と公太が叫んで駆け寄った。俯いた真一郎の口からは吐瀉物が漏れているようだった。彼が酒に酔ったところを誰も見たことがなく、その日も殆ど呑んでいないように見えたが、公太の反応からして何やらただの酔いとは違う気配が感じられた。
吐瀉物を拭うための手拭や、彼に飲ませる水が慌ただしく運ばれた。公太は真一郎の顔を拭うと、素早く何かを囁いた。真一郎の身体を担ぎ上げて「お前ら、どけどけ、病人を運ぶんだーー」と言った。そうして周囲を押しのけて暗い廊下を進んでいった。
春繁は単純に、公太が病人の世話を引き受けたことに驚いた。ともすれば他人が箸をつけた後の鍋でさえ食おうとしない彼である。胸の辺りを汚しながら、己と背格好の変わらない青年を猛然と抱えて歩く公太の背を、春繁はまるで別人の背を見るように見送った。
やがて鋭く襖が締められる音と、真一郎が咳き込む声が暗い廊下に滲み出した。
それから一同の間に、水を打ったような沈黙が訪れた。
「あーあ、」
と、その場にいた一人がふいに大声で言った。春繁が振り向くと、彼らは何やら押し殺した笑い声を立てて「仕切り直しだ、呑もうやーー」と言って飲み食いを始めた。
「でも、二人が」と春繁は縋るように言った。
「シゲさん、あんたの知ることじゃないよ」
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