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「『お前が本当に他人を愛せるかどうか見ていてやる』だとよーー」
と、司葉公太は故人の最後の言葉らしいものを、墓前でぽつりと呟いた。
既に彼らの背には、午後の日差しが滝のように飛沫を上げて降りかかっていた。
初谷春繁は、公太が蟻をつまんで捨てるのを見ながら、内心刃物で切られたような衝撃を感じた。
(あの人が、)
長い睫毛を伏せ、ものを言う前にやや躊躇いがちに視線を外す癖のあった故人が、公太に対してそんな激しい言葉を吐きかける光景を、春繁は思い描こうとして目の前が暗くなった。
(やっぱり違ってた、公にだけはーー)
「ったく可愛くねえったらねえやーー」
公太はそう言い、彼自身が選んだ墓石の頭にだぶたぶと夥しく水をかけ、軽く手を合わせると、影そのものになったような身軽さで立ち上がった。彼が去った後、風のなかに多少酒の匂いが漂った。
(……知ってたよ、公、でも、)
それが「告白」であることぐらい、長年の友達付き合いをしている春繁には、胸が痛むほどによく分かった。
しかしこうして、まるで無関係な白さで輝いている雲の影を浮かべている墓石を見ると、その下で眠っているのが、己の見たことのない他人であるように思えた。
春繁は、雫を反射してきらきらと輝いている墓石の頭にひたりと触れた。
「ねえ聴いてる??あなたは一体、公のーー」
『日下家』
と躍るような字体で刻まれている溝の奥に、水滴が一粒ほろりと転がり込んだ。それは風に吹かれても零れずに、いつまでも溝の縁で震えながら蟠っていた。
〇
七つの歳まで、女の子に間違えられないことはなかった。
春繁自身、それを不服に思ったことは一度もなかった。女に間違えられるということは、彼の生まれた家では、家族であるという資格を与えられることだったから。
「だーれだ、」
「お春さん、」
「ほらァ、」
と、女たちはその度に生き生きとした白い歯を見せて笑った。
「どれ、じゃあ次はあたしが、」
「馬鹿、初めから言ったらいけないじゃないの、シゲちゃん、また目隠ししてな」
春繁は女たちのする遊びが嫌ではなかったが、いつも飽き足りない気がした。誰の声かなど彼にはすぐに聴き分けられたし、むしろ背後に立った時の着ている物の衣擦れの音で分かるのだったが、そんな仕掛けのことを言っても誰も気にする者はいなかった。
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