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その翌月、お小夜は「山茶花」から姿を消した。春繁がいくら尋ねて回っても皆笑っているばかりで、彼女がどこへ消えたかを教えてくれる者はなかった。
また突然、春繁自身も「山茶花」を出て行かなくてはいけなくなった。彼は叔父である文学博士の初谷氏の元へ養子に行くことを、突如両親から言い渡された。
料亭から博士の家へ行くことについて、周囲の大人たちは「シゲちゃん、玉の輿だ」などと言ったが、彼自身はちっとも嬉しくなかった。彼にとっては、美しい女たちが絶えず争っているこの「春の棲む家」こそこの世で最も良いところであり、他に行きたいところなんかなかった。
また初谷博士は、叔父であった頃とは違う態度で春繁を迎えた。
まず、彼が芸者に習った唄を歌うことを禁じた。また初谷家の西洋式の生活に慣れさせるためと、言葉の端に出る花柳界の匂いを払拭するため、英国人の教師につかせて英語を習わせたり、自ら翻訳した最新の外国文学の小説を読ませたりした。
「今日から僕がきみを世話するのだから、うんと勉強してえらくならなくてはいけないよ」
七歳の春繁に対し、博士はまるで青年に対するような言葉遣いで接した。
えらくなる、という言葉の意味が当初春繁には掴みかねたが、どうやら博士に似ることらしいことはそのうちに察しがついた。
しかし春繁の知る限り、博士が彼を遠ざけたがる料亭にも「えらい」者はいた。それは皆、博士とは似ても似つかない美しい女たちだった。
「はい、」 と春繁は大人しく頷くことにした。春繁は言われなくてもよく分かっていた??主人の言うことを聞かない子は「置いて貰えなくなる」のが家である。
〇
「よう初谷、お前さんの読んでる本によう、女は出て来るかい」
のち進学した第一高等学校の教室で、春繁にそう声をかけてきたのが、当時既に学内で有名人であった司葉公太だった。
彼は高等学校の学生の分際で、大人顔負けに金離れの良いことと、素行不良であることで有名だった。既に何度も退学の噂が立ち、その都度実家から寄付があるために処分を免れているという噂だった。
(何の用だろう、)
春繁は抱えていた本をそっと引き寄せた。彼は進学してもなかなか周囲に馴染めず、同級生からは本の虫と言われていたが、それにしても特に不名誉な有名人の「司葉公太」と親しくなりたいなどと思ったことはなかった。
「あっ」
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