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第一話裏:撃墜王の孤独
統一歴一九六六年 インディアナ合衆国
砂漠の中にある小さな飛行場の上空をその飛行機は飛んでいた。流線型の美しい機体は、大気を切り裂くように進んでいく。特徴的な液冷エンジンはそれが二十年以上も前に作られたとは思えないような力強い音を出していた。
『続いては、合衆国海軍より伝説のエース。マクシム・イェーガー退役少将!かつてのライバル、八洲帝国海軍の急降下爆撃機 彗星に乗り組み登場です!』
彗星は翼の旭日のマークを見せつけるようにナイフエッジで滑走路上を寸分の狂いなく通過した。続いて繰り出される高難度のアクロバットに人々の興奮は絶頂に達していた。
この日は年に一度の航空祭だった。駐機場に溢れかえる人々の興奮が上空からでも手に取るようにわかる。アクロバットを繰り出す度に賞賛の言葉を発し、興奮を隠そうともしない観客達。でも、僕の心にはやりきった安心感も達成感も無かった。あるのは焦燥感、敗北感。(また、あいつに負けた・・・) 初めて出会った戦場から、彼女の事を片時も忘れることは出来なかった。
時間が迫ってきた。
(今日も追いつけなかった・・・)
悔しさに歯を食いしばって最後の垂直急上昇を開始する。あの日から僕の目の前を飛んでいるあいつの幻影に、僕は一度も追いつけていない。
一度目は腕利きの操縦士だと思った。
二度目は悪魔のようだと恐れを抱いた。
三度目で墜とすと誓った。
そして最後まで墜とせ無かった。
戦後、仲間や後輩から撃墜王としてもてはやさてる度に否定した。
「爆撃機一機も墜とせず何がエースか」と。
勲章を貰っても英雄と持て囃されようともその空白が埋まることは無かった。その後何度も戦場を飛んだ。敵のエースを何度も墜とした。それでも焦燥感が消えることは無かった。
人々は僕を英雄と持て囃す。
軍は僕を英雄として利用する。
国民は英雄としての僕を期待する。
誰にも語ることのできない敗北の物語。
それが叶うことの無い幻想だとわかっていても僕は生涯それを求め続けるだろう。
『紅翼ノ天使』ヲ撃墜セヨ
僕がただ一度成せなかった命令。
あいつを射線に入れるまで僕は飛ぶことを辞めないだろう。
撃墜王は孤独に、ただ飛び続けた。
二十年前の幻影を追って飛び続けた。
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