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桜の木の下には死体が埋まっている。
町中の桜の木が花を咲かせる時期になると、そんな噂がまことしやかに流れ出す。毎年囁かれ、青葉が芽吹き出すといつの間にか誰からも聞くことが無くなる、噂話。
桜の花達の色は、血の色だから、だとか。
「もし、それが本当なら、さ」
白い少年が、町で一番艶やかな色を咲かせる大木の幹に手を当て問う。
「要らない僕でも、綺麗な花を咲かせられるかな?」
満開に程遠くない枝達がそよ風に吹かれる。
音は無い。集落の中心の方から、春を待ち望むざわめきが幽く流れてくる。
白い少年は、木漏れ日に照らされながら、困ったように微笑んだ。
「街のみんなは春が楽しみだったんだ。今年の冬は長くて長くて、もう春が来ないんじゃないかって。春は食べられてしまったんだって。でもね、君たちのおかげで春が来た。告げられた微睡みに、皆して大騒ぎだよ。僕の親もね、困難をはねのける兆しだって、大人なのにね、跳ねて喜んじゃって。いい年なのにそんな事するから、椅子から転げ落ちて、頭に大っきなたんこぶを作っちゃったんだ」
その時の事を思い出したのか、白い少年は、吹き出すように、くすり、と笑った。
丘の上、町で最も大きい樹は、少し強く吹いた風に、枝を揺らした。
「でもね」
白い少年は、ふと色を無くして、空を見上げる。
「僕は、春に来てほしくなかった。ずっと冬でいたかった。凍える寒さの中でも、温もりはあったから。小さな、本当に些細なまどろみだけでも良かったんだ」
風が止む。
「春が来てしまえば、僕は、ここにはいられない。要らない。世界は温もりで満ちているから。僕は、消えてしまうんだ。そうしたら、何も、残らない。何もなくなってしまって」
空は雲もない。一色で覆われていた。
代わりに、花弁が散る。
「ねぇ、もし、君の色になれるなら」
少年は、糸が切れた人形のように、幹の麓に倒れる。
「僕も……思い出してもらえる、かな……?」
音は無かった。ただ、青い空に桜が舞っていた。
少年は瞼を閉じた。ゆっくり。おもむろに。冷たい土を感じながら。
花吹雪のあと。
桜は、今年も美しい紅色を咲かせた。
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