第2章 僕の午前10時

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完璧な代休の始まりだ。 休みだというのに6時には起き、ジョギングをし、シャワーを浴びてからの軽い朝食。 掃除も洗濯も済ませた。 今は、コーヒー片手にぼんやりテレビを眺めながら、お気に入りのソファーに身を委ねている。 独り暮らしは気が楽だ。 この部屋でこうして寛ぐ時間はめずらしい。 けれど、仕事が好きな僕にとってはそれでいい。 今は頑張る時なんだ。 さて、先々週の休日出勤のおかげで無理やりとらされた代休だ。 だらだら過ごすのも悪くないが、のんびりしてしまうと、今まで無理して張っていた緊張の糸が切れてしまいそうな気がした。 かといって、このところ仕事漬けな僕には趣味と呼べる趣味もなかった。 本棚に目をやると、昔読んだ文庫本が綺麗に整列されている。 一度しか読まないのに買ってしまった本たちだ。 12巻完結の長編作品は10巻目だけ抜けている。 人に貸したからだ。 けれど彼女はきちんと返してくれた。ここに無いのは、きっと僕のせいだ。 ふと思いだし、引っ越してきた時以来、一度だけ開けた段ボールをクローゼットから引っ張り出す。 とりあえず実家から持ってきたが、使わないガラクタが詰め込んである。 そして昔愛用していたカバンを取り出す。 「やっぱりここだったか」 あの日彼女から受け取って、そのまま眠り続けていた第10巻を見つけ、思わず一人で呟く。 9年近く放置された本は湾曲していた。なんてガサツなんだろう、と自分でも思う。 さっそく本棚のあるべき場所に並べるが、どうも収まりが悪い。 もう一度手に取り、読む気もないのにページをパラパラとめくる。 するとヒラリとゴミが落ちてきた。 それは、茶色く変色し、水分も全て奪われた、悲しい桜の花びらだった。 かろうじてそれと分かったのは、最後に彼女と会った、あの桜並木を思い出していたからだ。
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