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彼女が僕を見つけると、いつもの笑顔で軽く手を振りながら近づいて来てくれる。
「ちょうど良かったね。今年はいつもより早めに咲いたから満開だよ。」
嬉しそうに桜を眺めながらそう言った。
この川沿いの桜並木は彼女の特にお気に入りのスポットだ。付き合って3年になるが、ここを2人で散歩出来たのは今回が初めてだった。
「ようやく2人で来れたね。毎年約束するのに、雨だったり、咲いてなかったり・・・。もっと仕事減らしてよ!そしたら桜の都合に合わせてデートできるのに。」
「来年はそうするよ」
そうは言ったが、桜に合わせて休みを取るなど不可能だ。彼女も本当は分かって言っている。
それに、自分だっていつも僕と会える訳じゃない。
桜の季節の土日には川の近くに模擬店などが出てるらしいが、今年は桜の開花が早すぎたため、どこもお店は出ていなかった。
コンビニで買って来た飲み物とお菓子を持ちならが桜の木の下を散歩する。
水の音と、あたたかな風、青い空と桜のピンクのコントラストがとても美しかった。
「いい場所だね。本当に綺麗だ。」
そう僕がつぶやくと、彼女が自慢げな表情で僕を見る。
この場所を見つけた自分の手柄だ、というように。そんな無邪気な彼女が好きだった。
普段しっかりしていて、どこか冷たそうで、あまり人付き合いをしない彼女。
そんな彼女の僕しか知らない表情が沢山ある。
笑顔が可愛いのに、あまり笑わない。もったいないと思いつつ、僕の前ではいつも笑うから、独り占めしているようで気分が良かった。
「あ、これ。読み終わったから返すね。」
僕の貸した長編小説の第10巻だ。
「読むの早かったね。先に言ってくれたら今日続き持って来たのに。」
僕が本を愛用のバッグにしまい終わると、彼女は僕の手を握ってにっこりと微笑み、再び歩き始めた。
僕の読む本を読みたいと言ってきたのは彼女ほうだった。本当は全然興味のない分野のはずなのに、10巻まで読んだのは、僕に歩み寄ろうとしていたのだと思う。
僕は確かに愛されていた。
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