第3章 9年前

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この桜並木を彼と歩く日を待ちわびていた。 天気も良く最高のデート日和なのに、私の気分は浮かない。 ここを彼と歩くのは、おそらく今日が最初で最後になるから。 待ち合わせ時間より30分早く着いた。 彼といつも通り楽しい時間を過ごすために、あらかじめ心の整理が必要だった。 彼に借りた本をそっと開く。 彼は一度読んだ本は読み返したりしない。 だから、そこに桜の花びらをそっとしのばせた。 彼には幸せになってほしい。けど、できればいつか、一度でも私を思い出してほしいから。 いつも落ち着いていて、私のどうでもいい話に真剣につきあってくれる。野心家で努力家。間違ったことをしても、素直に認めて正そうとする強い人。 口調が強いから、たまに嫌な人だと思われてる。それをちょっと気にしてる可愛さもある。 人に頼ることが苦手な私なのに、彼に頼るのも甘えるのもとても心地よかった。 しばらくして、遠くに彼の姿をみつけ駆け寄る。 すこし微笑んでいるのがわかる。 他愛もない話をしながら桜並木を進んでいると、このままでいいんじゃないかなぁ、と思えてくる。 けれど、私たちの未来は別々のところにある。 彼とさえ一緒にいれば幸せだと思っていたのに。 本当の幸せとは…何なのだろうか。 「あ、これ。読み終わったから返すね。」 彼に借りた長編小説の第10巻を返す。 「読むの早かったね。先に言ってくれたら今日続き持って来たのに。」 そう言う彼の言葉に返事を濁し、彼の手を握り、再び歩き出した。
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