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「誰か気になる人が出来たんだろう」  弟が私の顔を覗き込むようにして言う。私は弟の視線を避けて 「結婚を前提に交際を申し込まれたのよ」  そう答えた。この時、私の考えは既にかなり固まっていたが、あえて事実だけを語った。 「会社の人?」 「まあね」 「行き遅れにならないうちに行った方が良いと思うけどね」  いつの間にか生意気な口を利くようになったと思った。その日の夕食は久しぶりに「鯖の味噌煮」にした。勿論、彼から教わった隠し味も入れた。すると食べた二人は驚きの表情を浮かべた。まず父が 「これは驚いたな。完全に母さんの味じゃないか。いつの間に出来たんだい」  そう言って驚きの表情を浮かべる。それを耳にして弟は半信半疑で口に入れると 「あれ、そうだね。完全に母さんの味に近いね。ほんと美味しいよ」  そう言って夢中で食べていた。私は、この味付けを教わった経緯を二人に話した。 「それって、運命的な出会いかもよ。もしかしたら母さんの導きなんじゃない」  オカルト的な事が好きな弟らしい意見だったが、よく考えて見ると、母さんの「鯖味噌煮」が無ければ、私と彼の間には何も無かっただろう。もしかしたら口も利く事も無かったかも知れない。その意味では確かに母の導きかも知れなかった。  仏壇の母さんにも、その日の夕食の「鯖味噌煮」を備えて報告した。  もう答えは出ているに違い無かったが、それでも更に数日は考えた。自分が彼とこの先一生一緒に生きて行けるだろうかとか。  でも、他にあてがある訳でも無く、誰かに求婚されている訳でもない。そうさ、このまま結婚するんじゃない。結婚を前提に交際を始めるのだ。そう考えたら気が楽になった。翌日、彼に返事をした。場所はこの前と同じ喫茶店だった。 「この前の話だけど、お受けします。よろしくお願いします」  柄にも無くしおらしい言葉を選んだ。 「ありがとう!」  こうして私と彼は付き合う事になった。
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