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「ねえ、惣菜屋さんはどうかしら?」 「惣菜屋?」  夫はピンと来なかった感じだった。 「あそこは商店街の一番外れだけど、住宅街からだと一番近い場所にあるから、惣菜屋さんなら打ってつけの場所だと思うの。色々なお惣菜を作れば売れると思うし、駅からの帰りに寄って貰えそうじゃない」  私の提案に夫は少し考えて 「定食屋は無理だとしても、あそこなら他に何が出来るかだな」  そんな事を言っている。 「だから、本格的なおかずを売る惣菜屋さんなら打ってつけだと思うの。あなたの作る料理はどれも本当に美味しい。あれを簡単に自分の家で食べられるなら絶対に売れるはずなのよ」  結婚して、いいや最初に「鯖味噌煮」を教わった時から、私はこの人の料理の才能を信じていた。料理以外の事には疎く、だらしない所もあるけど、この人の料理の味は人を幸せにする。人は美味しいものを食べた時が一番幸せなんだと言うのが私の信条でもある。 「大丈夫! 貴方が作って私が売れば、絶対に成功する!」  私の余りの剣幕に幼稚園児の息子が驚いて口をあんぐりと開けている。その表情が夫にそっくりだった。  それでも夫は惣菜屋には消極的だった。毎日のように机に向かって店の間取りを紙に書いて考えていた。どうしても定食屋を開きたいという思いだった。だが、その考えが一変する出来事があった。 仕事場の昼食で、パートのおばちゃんに言われたらしい 「ここでお昼に美味しいものを食べちゃうと、家で夕飯を作るのが嫌になっちゃうのよね。だって、こんなに美味しく出来ないもの」  そんな事を言われて驚いた夫は、おばちゃんに尋ねたそうだ 「もし、この味が街の惣菜屋で買えるなら仕事帰りに買いますか?」  夫の意外な質問におばちゃんの答えは 「当たり前じゃない。値段も考えるけど、この味が仕事帰りに簡単に買えるなら毎日寄って行くわよ」  夫としてみれば全く予想外の言葉だったのだろう。おばちゃんの返事で夫は決断してくれた。その日家に帰るなり、この出来事を私に話してくれて 「惣菜屋、やろう!」  遂に決意をしてくれた。
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