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思い出すと子供の頃に母の作る料理で、一番好きだったのが「鯖の味噌煮」だった。勿論、その頃は幼かったから、カレーやハンバーグ等も好きだったのだが、一番のお気に入りは何故か「鯖の味噌煮」だった。周りの大人からも子供らしくないと不思議がられたのを覚えている。
母の作る「鯖の味噌煮」には実は秘密があった。それは隠し味で、私は自分で調理をするようになっても、当初は母と同じ味が出せなかった。母の味を思い出して色々な事をしてみたが遂に同じ味は出せなかったので、随分悩んだものだった。『私って調理の才能がないのかしら』等と悩んだりもした。本来なら母に尋ねれば良いのだが、それは叶わない事だった。
何故なら母は、私が高校一年の時に癌で亡くなったからだ。健康診断で乳癌が見つかり、手術したのだが、その時は既に肺に転移しており、当時の医学では助けようが無かったのだ。
思春期に母親が亡くなるというのはかなりショックな出来事で、当時は悲しさよりも、呆然としてしまって、この先どうして生きて行けば良いか判らなかった。父と、四歳下の弟と三人で、これから生きていかなければならないと考えていた。
母が亡くなって心の底から悲しみがこみ上げて来たのは随分経ってからだった。
母の代わりに、私が炊事を始め家事全般を自然と担当する事になった。父や弟から母の得意だった「鯖の味噌煮」のリクエストを受けて、作ってみた。私としては良い出来だと思ったのだが、二人の感想は
「母さんのとは違う」
そんな感想が返って来た。実は、私自身もそれは薄々感づいてはいたのだが、基本的に母の味に近づけなくてもいい出来だと思ったし、まさかダイレクトにそんな事を言われるとは、思ってもいなかった。
他の献立では、そんな事は言わずに何でも喜んで食べてくれるのだが、「鯖の味噌煮」だけは「物足りない」「母さんのとは違う」と必ず文句を言われたのだった。やはり二人にとっても、母の「鯖の味噌煮」は特別だったのだろう。脂の乗った鯖が味噌の味と馴染んでいる。まるで『この鯖は味噌煮になるために生まれて来たのではないか』などと思わせる母の鯖味噌煮だった。
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