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負けず嫌いな私は、それから色々と工夫はした。基本的に鯖を煮るには、鯖を二枚か三枚に降ろして、そのまま半身かあるいは、半身を半分に切る。勿論この時に鯖の身を綺麗に洗って掃除しておく。血合いも綺麗にしておく。皮の方に隠し包丁を入れた方が良いかも知れない。世間で良くあるレシピではこの鯖の切り身に湯を掛けたり、くぐらせたりして「霜降り」状態にする。これで鯖の臭みが消えるのだが、私が見た母のやり方では「霜降り」をしていなかった。鍋に味噌を入れて、味醂、酒を入れる、スライスした生姜も入れて水を入れて火に掛ける。味噌を良く溶かして、沸いてきたら、静かに鯖の切り身を皮目を上にして入れる。再び沸騰してきたら、火を小さくして落し蓋をして十分程煮込む。霜降りしたものは最初から鯖を鍋に入れて煮るのだが、母は確か
「煮る前にお湯に通すと確かに臭みは少なくなるけど、旨味も流れてしまうのよ。鯖はねえ、皮と身の間に旨味が詰まっているのよ。それを忘れちゃ駄目よ」
そんな事を言っていた。その頃の私は、その通りに作っていたのだが、やはり母の味と同じにはならなかった。
進路を考えた私は、大学には進学せずに、栄養士や調理師の専門学校に進んだ。両方の資格も取ったので都合三年かかってしまったが、自分の性格から大学に行くより良かったと考えた。
学校で教えてくれた「鯖の味噌煮」の煮方は、やはり「霜降り」をするやり方だった。でも先生が、授業が終わってからの雑談で
「自分が食べるなら、そのまま煮ちゃうね。煮汁が沸いた時に入れれば結果として『霜降り』と同じになるから。旨味が逃げないからね」
そうか、料理屋等でお金を取るには「霜降り」は重要だが、自分で楽しむなら、必ずしも重要ではないのだと悟った。これだけ判っただけも学校に来た価値はあると思った。その時の私は、よほど驚いた顔をしていたのだろう。先生に
「どうした。俺、何か衝撃的な事でも言ったか?」
そう不思議がられてしまった。でも、少し母の味に近づけたと思った。その秘密の一端が判ったと感じたのだった。
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