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学校を卒業して、ある大手の会社の社員食堂に栄養士として就職した。本当は料理屋に板前の見習いとして入りたかったのだが、女子には敷居が高かった。その頃では女子を採用してくれる料理屋は殆ど無かったからだ。あっても料理学校からは入るのが難しかった。中卒で入る徒弟制度が未だ存在していた時代だった。
そんな実情を目の当たりにして、自分としては料理の世界に居られれば、それで良いと納得した。栄養士として毎日忙しく働いて、暫く過ぎた頃だった。
社員食堂での仕事は、献立を考え、調理の補助等をする。調理そのものは調理師さんが数人居て、その人達が作る。他にパートのおばちゃんが居て盛り付けや雑用をこなしている。
私は、食後に食べ残し等を調べたりして献立に役立てていた。
そんな時、献立に「鯖の味噌煮」が出ることになった。献立は私だけが作っている訳ではなく、三人の栄養士が居て、それぞれが献立を考えて合議して決めている。基本的に鯖などは、アレルギーが出る人が居るので、余り出さないのだが、社員さんから「食べたい」とリクエストがあったのだ。
今迄もたまには出していたが、その味付けは私が作った方が美味しいと密かに自負する程度の味だった。
私の勤務している社員食堂は昼食には基本毎日四百食を拵えている。日替わりの献立の定食とそれぞれの定食の合計だ。他に麺類などのコーナーもあり、夜や合間の時間の分も合計すると、一日七百食ほどは出る結構大きな食堂なのだ。
お昼の時間はさながら戦場と化す。当然、栄養士の私も手伝う。そんな食堂も午後一時半過ぎになると、食堂も少し暇になる。というより利用者は余り来なくなる。皆、午後の仕事に戻るからだ。たまに昼を食べ損ねた社員さんが来る程度なので、この時間に社員食堂の従業員は揃って食事をする。
その日の私たちの昼食は当然「鯖味噌煮」だった。その献立が嫌なら他の物も自由に食べられるのだが、私は久しぶりの「鯖味噌煮」だったので、私の味とは違っていても、それを食べる事にした。
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