1.

7/17
前へ
/17ページ
次へ
 やはり柚子が入っていたのだ。柑橘系だと思ったのは柚子だったのだ。だから母の味を思い出させたのだと思った。やっと長年の謎が解けた気分だった。 私は今日の「鯖味噌煮」を食べて自分が、母の味を通して面影を追っていた事に気がついた。母の味を思わせる「鯖味噌煮」を食べて、母と共に過ごした在りし日の思い出が鮮やかに蘇った。母が作ってくれた色々な料理の思い出も蘇って来て、私は当時を回想してしていた。そして判ったのは、懐かしい味の記憶は思い出の扉も開いてくれるのだと改めて実感したのだった。。 「どうかしましたか?」  茫洋としていた私に彼が不思議そうに声を掛けてくれた。 「いえ、何でも無いのです」  我に返って、慌てて取り繕った。私の状態が戻ったので彼は続ける。  「他に煮る時に梅干しなんか入れる人もいますが、僕はしません。梅の酸味が鯖と相性が悪い気がするからです。『肉じゃが』などでは肉の余分な油を消してくれて良いのですがね」  なるほど、そこまで考えて調理するのかと感心をした。彼は調子が出て来たのか 「鯖も驚いたでしょう。あの鯖は冷凍フィーレなんですが、特別の奴でしてね。この会社ってノルウエーに支店があるでしょう。そこに頼んでいたのですよ。『良い奴を送れ』って」 「だから、あんなに油が乗って身がふっくらとしていたのですね」 「そう言う事です。良い素材が手に入れば、良い仕事がしたくなります」  そう言って笑った彼は爽やかに見えた。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加