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もっとも、最初日向は面倒くさいと言って聞かなかった。
「えー。やだよー。彼女になってくれるならいいけどー」
「それは無理です」
筋金入りの出不精で、基本的に日光を浴びない生活を送っているモグラのような日向は、最初、首を縦に振る気配をみせなかった。そこで旅費は矢野が全て負担、それにもし当選したら賞金の方は全てゆずるという条件を出したらしぶしぶ了承したのである。矢野にとってそれだけ「電流流」のサイン付き新作と限定景品は魅力的だったのだ。
「頼みますよ先輩。先輩の分の旅費は私が出しているんですから、相応の働きをしてもらわなくちゃ困ります」
「四月のころは、猫かぶっていて可愛い後輩だったのに……徐々に強引になっているよね、矢野ちゃん」
「矢野『ちゃん』は極力やめてください。矢野『さん』でお願いします」
「なんでよ」
「先輩に言われるとぞっとします。首元くすぐられるみたいな」
「こう?」
「ちょっとなにホントに触ろうとしてんですか! セクハラですよ。次やったら死刑ですからね」
矢野は首元に伸びてきた日向の手を、ハエのようにぱしりとはたいた。だがその骸骨のように細い手ははたかれても引っ込まずに、矢野のロングスカートに包まれた脚の方に伸びて、さわさわと確信的に触れた。ぞっとを通り越して殺意を覚えた矢野はキッと目の色を変えた。
「どこ触ってんですかアンタ、訴えますよ!」
「触りたい」
「死んでください」
日向の非常識な行動に猛抗議していると、うしろの座席に座っていた人が「ちょっと」と迷惑そうに声をかけてくる。矢野は振り向いた。男性のようだが、座席の背もたれにさえぎられているせいで目から上しか見えない。
「あの、暴れないでもらってもいいですか?」
「あ、ごめんなさい。えっと……言っておきますけど、私たちカップルじゃありませんからね。ただの、大学の研究室の先輩と後輩ですからね」
「なんの注釈だよ……矢野ちゃん」
「いいかげん学習してください。次そう読んだら先輩のことヒュウガじゃなくてショウガって呼びますからね。おいショウガ。すりおろしますよ」
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