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矢野は、この本能的でデリカシーという概念を持たない先輩と同席することにうんざりした。だが謎を解いて景品をゲットするには手段を選んではいられない。それだけこの男の頭はとにかくキレるのだ。
バスはやがて山道に入り、くねくねと蛇行しながら確実に人里から離れていく。乗客に注意されるほど暴れていた日向と矢野だったが、そのうち二人して乗り物酔いにやられて顔を白くして、言葉も失った。
ある程度の標高を稼いだところでバスは舗装された平地に出た。行く手を巨大な壁が阻み、青黒い金属のようなものでできた大きな門がある。スッタフらしき人によって門が開けられると、バスはそこをくぐって壁の内側に入った。
背の高い壁が周囲を取り囲み、閉塞的な空間をそこにつくっていた。壁の高さは五メートルはあるだろうか。ゲージに入れられた犬か、水槽に閉じ込められた金魚にでもなったような気分になる。広さはバスケットコートを三面ほど並べたくらい。見たところ駐車場として利用されているようで、アスファルトの上に太くて白い線が何本か引いてある。
駐車場の形は長方形でなく、門から一番遠い角がぺこりとへこんだような形になっている。つまり俯瞰すると駐車場は太いL字状の面積を持っていた。空間の内側にせり出した一方の壁にはさらに門があり、奥へと続いている。二重構造のようだ。
バスが停まり、およそ三十人の乗客が、巣から這い出るアリのようにぞろぞろと降りた。
乗り物酔いでライフを削られた日向の足取りはまるでゾンビだった。頭のうしろのほうに、重力をものともしない強靭な寝ぐせがついている。
細身の彼が身にまとうのは、上下とも派手なピンク色のジャージ(上下合わせて六百円の激安商品だそうだ)だった。猫背ではあるものの、高身長なのと相まってかなり目立つ。身だしなみをもう少し整えればかっこよくなるのに、壊滅的な美的センスと常人離れした感性のせいで間違ってもそうは見えない。矢野はまたうんざりした。
「先輩、そのジャージやめませんか。お笑い芸人みたいですけど」
「なんで? 安いし着やすい。乾きやすい。これが僕の正装だよ」
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