これまでとこれから

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これまでとこれから

メノウ国にも桜はある。 ヴォルトはよく拠点となっているシェズリー城を出て、桜の並ぶ川岸に向かう。 寝転ぶと桜の花を散らした枝と青空が見えて、なんとも言えない気分になる。 「…兄上。またここでしたか」 アーリー・ラムゼン・ルツルカ・シュ・ウェズラ…ヴォルトのすぐ下の弟が真上から見下ろす。 眉間にしわを寄せる様子は、まるで機嫌の悪いうさぎのようだとヴォルトは思ってくすりと笑う。 「見付かってしまったか」 「供ぐらい付けてください。というか逃がした彼らに罰を与えなければならなくなりますよ」 「それだけはやめてくれ。一人になりたいのだ。たまにはな」 アーリーは仕方なさそうに溜め息をついて、ヴォルトの頭の横に座った。 「平和になりましたね」 父王の狂乱の末、壊された街並みは再建しつつある。 領主たちもヴォルトを新たな国王として認め、従うようになった。 そんな安心感からか、桜に花期が訪れたのを見て、ついこちらへ足を向けてしまった。 オムステッドはこの桜を見て、あのとき何を考えていたのだろうかと思う。 彼が亡くなってから12年が経とうとしている。 痛みは消えないが、彼の息子と親交を深めることができて、癒されている。 「ああ。そろそろ城に戻るか。急用があって来たのではないのか?」 そう言うと、アーリーはヴォルトとともに立ち上がりながら、言った。 「ジーマがウル共和国国境付近の増兵を願い出ています。なんでも難民がなだれ込みそうだとか」 ジーマ・セレス卿は東部国境の護りの要だ。 「セレス卿とは親しいのか」 「ええ、個人的な付き合いはありますが…そういう相手ではありません」 「まだ何も言っていないぞ」 「ジーマのことはそのうち兄上に紹介するつもりです。そういう相手として」 ヴォルトは目を(しばたた)いた。 「おまえ…そんなことまで考えていたのか」 「当たり前です。そういう立場ですから」 「自分のことも少しは考えているのか?」 「考えられるようにまずは自分が落ち着いてください」 ヴォルトには返す言葉がない。 「言っておきますが、ジーマは一筋縄ではいきませんから、覚悟しておいてください」 ヴォルトは、3月は新たな出会いの月なのかなと、ぼんやり思った。
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