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出会いと別れ
見上げると満開の桜が見られる。
オムステッド・ロルト・レン・セスティオはその根元に寝転がり、枝振りを眺めながら、遠い異国にいる妻や息子、弟のことを思っていた。
そこへ、かさかさと音がしたと思うと、ぽてりと何かが腕に当たった。
なんだろうと思って見ると大きめの懐中時計で、顔を上げるとちょこんと佇むうさぎを連想させる少年がいた。
オムステッドは思わず、うさぎだ、と呟いていた。
「うさぎさん、急いでどこ行くの」
そう言いながら懐中時計を渡すと、その少年は両手いっぱいの資料をなんとか落とさないように受け取って、スバイツ教授の講義に、と言った。
オムステッドは、ははあ、と合点した。
スバイツ教授は遅刻嫌いで有名なのだ。
オムステッドは、ざっ、と立ち上がって軽く身に付いた芝生を払い、オジサンに任せなさあい、と言うと、少年を荷物ごと抱えあげて飛ぶように走った。
異能…この大陸の人すべてがそれぞれに持つ、土、風、水、火の能力のうち、オムステッドは風と水を持っていた。
その異能を駆使して、スバイツ教授が来る前に、少年を講義室へと運んでやった。
そして講義が終わった頃、迎えに来て、荷物を半分持ちながら、少年の名前を聞いた。
少年は、ヴォルト・ウイリス・シェズリー・サス・ウェズラと名乗った。
オムステッドはそれから、できるだけヴォルトと同じ講義を受けるようにして、仲良くなっていき、あの桜の根元で会話することが増えた。
ヴォルトは反応の薄い子で、仲間と言える者はいなかった。
年齢が低すぎるせいもあるのだろう。
世界最小の学究の国クラール共和国に入るのは、早くて10代後半だが、ヴォルトはさらに若い。
オムステッドは知り合いに片っ端から紹介してみたが、なかなか気の合う者はいない。
「弟がいるんだ。あの子とならきっと気が合う」
そう言ったが、ヴォルトはあまり関心を持たないようだった。
今、目の前にいるオムステッドの方が、ヴォルトには大切だったのだろう。
やがてヴォルトは帰省して一通の気になる手紙を寄越した。
ヴォルトの国、メノウ王国で、オムステッドの国、アルシュファイド王国の民が出国を制限されているらしい、という内容だった。
オムステッドは事実を確かめ、ヴォルトの父、メノウ国王に謁見した。
その結果、自らが手続きせよ、ということになった。
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