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そんな俺が何故この男とだけは距離を置いていたのかといえば、単にヤツとは相容れない壁がはっきりと立ちはだかっているのを承知だったからだ。
俺はタチだ。男を抱いたことは数あれど抱かれたことは未だ無い。
ヤツもそうなのだろうということは一見にして暗黙了解だった。
それが理由だ。
だが感情というやつはそうそう思うようにはならないのが実のところで、俺は正直この男のことが気になって仕方なかった。
ヤツを見掛けるようになってからは、バーへ出向く回数が増えたのも認めざるを得ない事実だ。
左程広くもない店の中にヤツの姿を探すのが日課となり、せっかく声を掛けてきてくれた相手とも今までのようには楽しく会話も弾まないことが多くなった。
そのかわりにヤツの姿を見つければ、それだけで至極満足した気分にさせられて、挙句はヤツが今日も独りっきりでカウンターに腰掛けているのを確認したりするものならば、ホッと胸を撫で下ろすと同時に何だか微笑ましい気分にまでさせられたりもして、そんな自分がちょっとばかり情けないと思えるわけだから始末が悪かった。
いつか声を掛けてみたい。
いや、声を掛けるくらいならすぐにでも可能だろうが、その後の発展を想像すると、今ひとつ行動に踏み切れないというのも正直なところだった。
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