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Anniversary
「ここ、いいか――?」
「――? 何……?」
「キスしたい――」
ベルガモットの香りのする吐息が耳元をくすぐる、今しがたまでいた店で飲んでいた紅茶の香りだ。
どしゃ降りの雨がフロントガラスを叩きつける車の中で、ヤツはそう言った。
この男を初めて見たのは行きつけのゲイバーだ。
三月程前からたまに見掛けるようになったこいつは、一見からして酷く印象的な男だった。
濡羽色のストレートの髪を無造作にバックにホールドし、額に掛かる前髪から覗く視線は黒曜石の切れ長で、先ずはそれからして酷く艶かしいような色気を放っている。
加えて墨色の渋いスーツは遠目からでもそれと分かる繻子の質感、そんな高級感あふれる出で立ちに嫌味なくらいマッチしている落ち着いた仕草は紳士的で、とてつもなく近寄り難い雰囲気を纏っていた。
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