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 現場、と言われて想像していたのと、実際の乾の仕事はずいぶんギャップがあった。技術系の、系、が含む意味合いは広いらしく、曰く、コンピューター制御のラボでデータとにらめっこするのが彼の仕事らしい。いわゆる技術屋。慧斗には縁のない世界であり、理工学系、という漠然としたイメージしか抱くことができないけど。  乾が営業職から本格的に現場職へ移ったおかげで、ふたりの生活リズムは、時々ではあってもぴたりと合うようになった。特に、乾の夜勤明けと慧斗の定休日が重なると、睡眠時間を除いても二十四時間以上一緒にいられる計算になる。  午前中の、自分にとっては早い時間に無理をして起きるのだって、そんなに辛くない。  腹ばいにベッドに寝そべり、理系男があちこち手を加えたノートパソコンで無料配信のミュージックビデオを観る。それまでろくにアップデートもしないOSを使っていた慧斗にとって、信じられないくらい快適なネット環境だ。 「……乾さん邦楽って聴く?」  夏だというのにファー付きのダウンを着たヴォーカルを下から仰ぐカットを、ぼんやり眺める。人気のインディーズロックバンドは、あと一歩メロディーにオリジナリティーが欲しいところだ。 「んー、そこそこ……バラードっぽいのはわりと聴けるよ、そいつら」  半分上の空でも、律儀に質問に答えて、なおかつ一言付け加えてくれるのが嬉しい。 「ふうん……」  難しそうな本に時々ボールペンで文字を書き込んでいる乾を、横目で見る。聞きなれない名前の資格を取るために、勉強中なのだそうだ。知らない数式や法律の名前がひしめく教本を、たぶん、真剣に読んでいると思う。  慧斗の視線に気付いたのだろうか、背中を向けていた乾がくるりと振り返る。 「この資格ね、持ってると給料上がるんだ」 「へえ」 「だから、ちょー真面目に勉強してる。仕事中も読んでるもん」 「へーえ、って、だめじゃないすか……」  んふふ、悪戯っぽく笑った男は、また、教本に目を落とした。
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