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「ん」
両腕で乾の頭を抱きながら鼻の位置をずらして、一番唇がくっつくポジションを取る。裏側どうしを密着させて、声も、息も、できるだけ漏らさないこのやり方が、慧斗にとってどれだけエロティックに感じるものか知っているだろうか。
「……ん、ふっ」
知らず痙攣した片膝に気付いたのか、乾がそっと唇を離す。間際に、んちゅ、湿った音が立った。
息遣いが意志を持つ寸前で、いつもこうやって解放されてしまう。拍子抜けするのとほっとするのとを同時に感じて、それから、ちょっとくすぐったくなる。
慧斗のことを、キスから先は何も判らないとでも思っているような扱い――時間をかけるのを厭わないと言った男の、慧斗を初心な気分にさせてくれる振る舞いがとても嬉しかった。もうしばらく、きっと先に焦れるのは自分の方だから、もうしばらくこのごっこを続けて欲しいと思う。
ベッドから身を起こして、はるか頭上を見上げる。
親指の腹で口の端を拭った乾は、その大きな口元をきゅっと引き伸ばして笑った。
「飯食い、行こっか」
平日の昼間。階段は、特別大きな音じゃなくてもよく響く。
タンッ、タンッ、タンッ、一段ずつ降りる二種類の靴音と、トーンの違う人声。
「うなぎでいい?」
「うん」
「どっかいい店知ってる?」
「全然」
「じゃ、おまかせで」
「うん、おまかせで」
「あ、そだ、あとで市役所寄っていいかな」
「……なんかあるんですか?」
「住民票移さないと、選挙に参加できないじゃん」
「はは、行くんだ選挙」
<KEITO終わり>
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