三年後も、四年後も

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「忘れ物を……届けに……」  息を切らしながら体を離し、卒業証書の筒を無理やり押し付ける。 「それにもう……私は先生じゃないから……」  私から筒を受け取った彼が、少し照れくさそうに言う。 「俺は先生になったよ。この学校の」 「うそ……」 「うそじゃないって」  ネクタイをゆるめながら、彼は笑う。 「それに四年経っても忘れなかった」  私も……私も忘れなかった。 「忘れなかったら、俺と付き合ってくれる約束だったよな?」  四年前より大人びた顔でのぞきこまれて、どうしたらいいのかわからなくなる。 「そんな約束……してないわ」 「あー、変わってねーなー。素直じゃないとこ」  むっとした顔で彼を見上げたら、彼は嬉しそうに笑った。 「付き合ってよ。香子ちゃん」 「無理です」 「付き合って」 「無理」 「香子。好きだ」  桜の花びらがはらはらと舞う。まるで私たちを祝福している、フラワーシャワーのように。  ああ、もうだめ。もう降参だ。  必死に固めていたガードが崩れ、花びらみたいにふわりと心が軽くなる。 「……私も、好き」  幸せそうに微笑んだ藤野くんが、私の体をぎゅっと強く抱きしめた。 「やっと、つかまえた」  胸の中でその声を聞く。  あたたかい風と、あたたかいぬくもりに包まれて、私はそっと目を閉じた。  はじめて私たちが出会った日。私がすとんと恋に落ちてしまった、彼の笑顔を思い出しながら――。
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