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春。満開の桜の木。
新学期早々遅刻しそうになって、焦って登校してきた私は、ちょうどあの木の下でつまずいた。
「大丈夫?」
倒れそうになった私の体を、とっさに受け止めてくれた男子生徒。一瞬触れた、あたたかいぬくもりに驚いて、私はあわてて体を離す。
そんな私を見て、目の前の生徒が口元をゆるませた。私よりずっと背が高いけど、どこか幼さの残る顔は、新一年生だろうか。
「何組?」
「え?」
「俺、一年三組。あんたは?」
制服のない学校だから。小柄で童顔な私は、生徒に見えたのかもしれない。これでも教員二年目なんだけど。
「一年三組……の担任です」
は? という顔をした彼が、吹き出すように笑い出した。
その顔が、無邪気な子どもみたいに可愛くて。
春風の吹く木の下で、私はただぼんやりと彼の顔を見ていた。
「先生? あんたが? マジか、ウケる」
「ふざけないで」
「先生、なんて名前?」
「安住……香子」
「香子ちゃんかー」
「そ、その呼び方……やめなさい!」
必死になればなるほど、おかしそうに笑った彼。
あれからもう、三年が経ってしまった。
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