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「お母さん。今日はいい天気だよ。お散歩でもしてみない?」
窓から射し込む春の陽射し。ベッドの上の母が微笑む。
「そうね。少し外へ出てみようかしら。桜も咲いてるみたいだし」
その声に、かすかな痛みが胸の奥を走る。
テレビの画面には、桜の満開を知らせるアナウンサーが、満面の笑みで映っていた。
母と一緒に近所を歩く。その腕を支えて、ゆっくりと。
二年前に大病を患った母は、今、自宅でリハビリを続けている。
「公園の桜が満開ね」
母が空を仰ぐようにして、咲き乱れる桜の花を見つめる。
やわらかく吹く春の風。ふわりと舞う淡い色の花びら。誰もがその木を見上げ、笑顔になっているというのに、私の心はくすぶり続ける。
「ごめんね……香子」
公園の桜を見上げたまま、母が突然つぶやく。
「私の病気のせいで、仕事を辞めさせちゃって……ほんとにごめんね?」
「なに言ってるの? お母さん」
母が倒れたあと、私は母の看病をするため、去年の年度末で高校教師を辞めた。
正直、迷ったことは確かだ。仕事はちょうどやりがいが出てきた頃で、寂しがってくれる生徒もいてくれた。だけどそれは私が決めたこと。
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