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 いつもくり返されていた言葉は『早くしなさい』。  動作が鈍くてマイペースだったので、物心つくころには一日に何度も母からこれを言われていた。 「もう、早くしなさい。何で服もまともに着られないの」 「早く食べなさい。一口食べたら遊ぶのはどうして?」 「何回言わせるの? 早く歩いてよ。お母さん仕事に遅れちゃうじゃない」  完全に母のお荷物だった。  今考えたら三歳程度でボタンを上手く留められなくても、箸が上手く使えなくても、集中力がなくてもおかしいことではなかったのに、自分は他の子より出来が悪いんだと千景はずっと思い込んでいた。  だから保育園で保育士が母に、 「大丈夫ですよ。チカくんちゃんと一人でできてますから」  と褒めてもらうことがあっても信じてもらえず、 「いえ、ぼーっとしてる子ですからきっといっぱいご迷惑をおかけしてますよね。すみません」  と逆に謝っていた。  母にまで言われるくらいだから相当ぼーっとしていて、周囲に迷惑をかけていて、謝らなければいけない人間なのだと思っていた。だから母にも常に謝っていた。
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