【10】不協和音

1/1
前へ
/29ページ
次へ

【10】不協和音

「天然入ってて…マイペース過ぎるって何だよ!?」 「日頃の行い! 胸に手を当てれば100個や200個すぐ思い付くはず!」 朔宮がビシッと宇佐見を指差す。 華井は下を向いてクスクス笑っている。 「…純くんって…日頃の行い…天然でマイペース過ぎるんだ」 「ちょっ…涼!誤解だから!」 「涼ちゃん、純くんのこと詳しく知りたいよね?」 賀川がヒマワリみたいな笑顔で言う。 「知り合いだもんな。 どんなヤツか知っとくのは大切だ」 赤坂が頷きながらやさしく微笑む。 朔宮と賀川と赤坂は、宇佐見の前から華井を連れ去った。 午後から選択科目が華井とは合わない宇佐見は、イライラしながら講義を受けていた。 くっそーアイツらのせいで… 結局あの後、涼に会えなかった… 涼に何を何処まで喋ったんだ!? ……… 別に…涼と俺は…涼からしたら単なる『知り合い』だし… 何知られたからって、友達なんだから良いんだけど… でも涼に会うと…自然にやさしくしたくなる 笑顔が見たいって かわいいなって 思う… 涼の新しい一面を知る度、胸が高鳴る… あんなに最悪の出逢いだったのに… 宇佐見はスマホを取り出すと画面をタップした。 「宇佐見さーん、何ソワソワしてるんですか?」 「あ!彼女とデートでしょ!?」 講義が終わって朔宮と賀川と合流した宇佐見は、ギロッとニ人を睨んだ。 赤坂は授業が終わると直ぐに、スケッチに出掛けていて居なかった。 「…うるせぇ。 それに彼女となんてもう一週間以上連絡取ってねーし」 「だから~そういうところがマイペース過ぎるんですよー」 朔宮はシレッと言うとアイスコーヒーを飲んだ。 「純くんさぁ彼女からもラインもメールも電話も来ないの?」 「ウザイくらい来る。 でもシカトしてる。 涼のことでそんな気分じゃ無かったし」 「ひでー! もう涼ちゃんと仲直り出来たんだし、連絡くらいしてやれよ~」 「…賀川、人の心配なんてしないで自分の心配しろよ。 お前モテるのに何で彼女作んないの?」 「俺はね~」 賀川はキラキラした瞳で宇佐見を見る。 「理想の相手を探してるの! でも最近良いな~って思う子がいるんだよね!」 「…ふーん。どんな子?」 「涼ちゃん!」 宇佐見は思わずアイスコーヒーを吹き出しそうになった。 「…ななな何言ってるんだよ!?」 「賀川さ~ん、俺も涼ちゃん気に入ってるんですからね? 賀川さんが本気出すならどうしよっかな~」 宇佐見は慌てて朔宮を見た。 「宇佐見さんだって涼ちゃんと個人行動取ったんだし…俺達も個人的に会うのもアリですよね~」 「そうだよね~! 俺、本気で頑張ってみようかなー!」 朔宮と賀川の会話を聞いて、宇佐見は自然と眉間に皺が寄った。 宇佐見は朔宮と賀川と別れると、自宅近くのカフェに向かった。 少しすると華井がやって来た。 「ごめん!待った?」 華井は走って来たのか、頬が紅潮して息が乱れていた。 やっぱ…かわいい… 華井は宇佐見の正面に座るとメニューを開いた。 その手を宇佐見が止めた。 「なに?」 「ゆっくり話したいし…俺んち来て」 華井はクスッと笑った。 「話って…純くんの日頃の行い?」 「それもある! アイツらに何聞かされた?」 「今、話してもいいんだ?」 「だから俺んちで…」 「純一!」 その時、女の声が響いた。 「ラインもメールも…電話も無いってどういうことよ!? やっと見付けた…ちゃんと話してよ!」 宇佐見は思わず舌打ちした。 何なんだよ…このタイミング… 華井はスッと席を立った。 「俺、帰る。じゃあな」 それだけ言うと華井は宇佐見に背を向けた。 「涼、待てよ!」 宇佐見は思わず華井の細い肩を掴んだ。 「直ぐに話を終わらせる。 ちょっとだけ待ってて!」 「直ぐに終わらせるってどういうこと!? あんた、純一の何!?」 女が華井の腕を掴む。 華井は冷たい声で言った。 「痴話喧嘩に巻き込まれるほど暇じゃねぇ。 ニ人とも離せよ!」 「純一の何なのか答えなさいよ!」 「単なる知り合い。 分かったら俺から離れろ!」 単なる知り合い… 宇佐見は思わず力が抜けた。 女も華井の剣幕に手を離した。 華井は振り向きもせず、店を出て行った。 宇佐見はその夜、彼女と別れた。 そんなことより、華井にハッキリ『単なる知り合い』と言われたことの方がショックだった。 昨日の楽しそうな華井が何度も目に浮かんだ。 宇佐見は思い切って華井に、電話していい?とラインした。 意外にも直ぐに、華井から電話が掛かって来た。 『なに?』 その声は怒ってもいなくて、普通のトーンで、宇佐見はホッとした。 「カフェでのこと謝りたくて…」 『もう痴話喧嘩に俺を巻き込むなよ?』 華井はちょっと笑いながら言った。 「あいつとは別れたから…」 『ふーん。じゃあ次の痴話喧嘩には気をつけろ』 「もう…痴話喧嘩なんて無いから…」 『なんで?また彼女が出来たら分かんねーじゃん』 華井はクスクス笑っている。 「…あのさ…やっぱりゆっくり話したい。 涼、いつなら空いてる?」 『うーん…金曜日泊まりで出掛けるし…。 まぁいいよ、明日でも』 「ホント!? それで…俺んち来てくれる?」 『純くんの話は外じゃ出来ないもんな~』 「涼!」 『冗談冗談。じゃあ…』 『涼くん、寝るよ』 『あ、うん。じゃあ明日』 「…うん。おやすみ」 宇佐見は華井が明日会ってくれる嬉しさは勿論あったが、『涼くん、寝るよ』と言った男の声か耳から離れなかった。 あれが涼のお兄さん… 名字の違う… 明日それとなく聞き出せないだろうか? 翌日、昼休みに全員が落ち合うと、朔宮が「金曜のお泊まり、俺んちにしません?」と言い出した。 「何でだよ?」 宇佐見は嫌な予感がした。 「一度来れば場所覚えるでしょ? 涼ちゃん、どう?」 「俺は別にいいよ」 …涼に自分ちを覚えさせるつもりだな…朔宮の策士め… 「反対。俺んちでいい」 「涼ちゃんサクんち行ったこと無いんだからさ~。 サクんちにしようよ!」 …賀川…朔宮に丸め込まれたな 「朔宮んちのベッドはセミダブルだろ? で、予備の布団は二組。 五人で寝るのは無理が…」 「無理なんてありませんよ。 涼ちゃんと俺ならセミダブルで十分です。 涼ちゃん、俺が腕枕してあげますから安心して寝て下さい」 朔宮がにっこり笑う。 やっぱり!それが目的なんだな!? 「えーじゃあ俺だっていいじゃん。 涼くん、俺に腕枕されたいよね?」 「悟くんまで何なんだよ~? 俺は誰だっていいよ?」 「じゃあさっ公平にじゃんけんしようよ! 涼ちゃん布団でも寝られるでしょ?」 「布団?平気だけど…」 「何言ってるんですか!? 俺んちなんですよ? 俺の決定に従ってもらいます!」 「…るさい」 「え?純くんなに~?」 「お前らうるさいっ! 涼は俺んちに泊まる!」 朔宮がぷっと吹き出す。 「…涼はって…俺達はどーでもいいんですか? はいアウトー。 こんな狼のところに涼ちゃんは泊めさせられません。 俺んちに決定です」 「純くん?どうしたんだよ?」 講義が終わって、約束通り宇佐見の家に来た華井は、不思議そうに宇佐見を見た。 クソ… 涼にお兄さんのこととか 俺の話、何聞かされたのか聞きたいのに… 冷静になれねぇ… 涼が朔宮に腕枕されて寝る!? 「具合でも悪いの? 俺、帰ろうか?」 「ち、違う!その…何て言うか…」 「うん?」 「涼は…良いのか? さ…朔宮に腕枕されるとか…」 「あーそれね」 華井はゴクッとソイラテを飲んだ。 「正直分かんない。 良く考えたら、兄貴以外で腕枕して貰った人って純くんが初めてなんだよね」 「えっ!?」 「…だから…どうなんだろう?」 華井は唇に指を当てて考えている。 宇佐見の胸に鼓動が激しく脈打つ。 初めて… お兄さん以外で涼に腕枕したのは俺だけ… イヤだ… 他のヤツの腕の中で眠る涼… あのかわいい寝顔も 唇から漏れる吐息も 甘い香りも 誰にも知られたくない… 「まぁ…なんとかなるかな?」 華井の一言で、宇佐見は一気に現実に引き戻された。 「ダメ!」 「なにが?」 「俺以外のヤツと腕枕とか…絶対イヤだ!」 華井は丸く大きな瞳を更に丸くして宇佐見を見た。 「絶対イヤって…何で?」 何で? 何でって… そんなの 決まってる… 「…俺…涼が好きだよ」 「…好きって…」 華井の瞳がもっと見開かれる。 宇佐見は隣に座る華井を抱き寄せようとする。 華井はその腕から逃れるように、ソファから立ち上がる。 宇佐見がその後を追う。 華井の背中が壁にぶつかる。 宇佐見が華井の身体の両脇に腕を突く。 「…もう…逃げらんないよ」 「…純くん…だって…」 「だって…なに?」 「俺のこと…何も知らない…」 「目の前にいる涼で十分だから」 「…でも…!」 宇佐見を見上げる華井の顔を、宇佐見は両手で包んだ。 「俺が嫌いなら…殴っていいから…」 二人は部屋の片隅で唇を重ねた。 宇佐見の耳に、華井の弾くピアノの音が響く。 それは不揃いな不協和音だった。 華井は宇佐見がソファに押し倒しても抵抗しなかった。 宇佐見は触れるだけのキスを繰り返した。 そしてぎゅっと抱きしめた。 華井がポツリと言った。 「…俺なんかの…どこがいいんだよ?」 「そんなこと…訊かれても困る…」 華井はフッと息を吐いた。 「…純くん…絶対後悔するから」 「…しない、そんなの」 「純くん…俺を見ろよ」 宇佐見は身体をそっと離すと、華井の顔を見た。 華井は宇佐見の目を真っ直ぐ見て言った。 「俺は誰とも付き合わない」 「……」 「でも…純くんのことは嫌いじゃ無い」 「…涼」 「それだけ…もう帰る。 どけよ」 宇佐見が華井を抱き起こすと、華井は宇佐見の腕から離れた。 床に置いてあったバッグを拾うと、宇佐見を振り返った。 「…そんな顔すんなよ」 華井は足早に宇佐見に近付くと、サッと宇佐見の唇を自分の唇で塞いだ。 一瞬のキスだった。 「じゃあな」 華井はそれだけ言うと部屋を出て行った。 玄関の扉が閉まる音が微かに聞こえる。 宇佐見はその時、切ないという感情を、本当の意味で初めて知った気がした。 翌日、大学で会った華井はいつもと変わりなく見えた。 宇佐見は華井が瞳に映る度、触れたいと思う自分に戸惑った。 賀川がふざけて華井の肩を抱く。 朔宮が笑って櫻井の髪を撫でる。 赤坂のスケッチブックを覗き込む華井と赤坂の密着した距離。 その全てに苛立った。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加