【15】溺れる

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【15】溺れる

宇佐見は唇を離すと、華井の唇の端から零れ落ちていた唾液をそっと舌で拭った。 華井がゆっくり瞼を開ける。 宇佐見と視線が合うと、「どうして?」と一言言った。 宇佐見は黙って華井の髪を梳いた。 「お前…ホントに何者?」 「まだそれ言うの?」 宇佐見は笑ってまたひとつ唇にキスを落とす。 「だって…だって…こんなの嘘だ…」 華井の細い指が自分の唇に触れる。 「嘘じゃ無いよ」 宇佐見が華井のおでこに自分のおでこをコツンと合わせる。 「涼風に言えば、涼は俺の唾液も体液も平気っていうこと!」 宇佐見が可笑しそうに笑う。 「…なんで?」 華井は不思議そうに宇佐見を見ている。 「分かんない?」 「…分かんない…」 「…俺から言うのは簡単だけど…」 宇佐見はやさしく微笑んだ。 「出来れば涼が自分で気付いて欲しいな」 その後華井は、今朝シャワーを浴びられなかったので、シャワーを貸してと言った。 宇佐見がお湯を張ろうかと訊くと嬉しそうに頷いた。 華井がゆっくり風呂に入っている間に宇佐見は朝食を作った。 華井は風呂上がりに用意された朝食に目を輝かした。 宇佐見は朝食を食べながら、「涼、俺10時に家出るけど、どうする?一緒に大学行く?」と訊いた。 華井は首を横に振った。 「今日一日休む。 何も用意して来て無いし、まだ身体がダルいし…帰る。 兄貴に連絡取って、スマホも買って貰わないと」 「…お兄さんの連絡先、分かるのか?」 「財布に名刺があるから会社に電話する」 そう言うと、また華井は美味しそうに朝食を頬張る。 宇佐見はそんな華井を見ながら複雑な気分だった。 俺を頼って来てくれたのは嬉しいけど… あれだけ文句を言ってたお兄さんの元に、涼は嫌がりもせず当然のように帰って行く… せっかく涼自身も生理的に俺を受け入れられるって解ったのに… 早くその意味に気付いて欲しい… 「涼…風呂上がりで余計ダルいんじゃない? 少し寝ていけば?」 「え…でも純くんが居ないのに悪いよ」 「別に盗られるような物も無いし!」 宇佐見がふざけて両手を広げて言うと、華井が小さく笑う。 「ゆっくり休んでさ…。 俺が大学から戻るまで居てほしい」 「…純くん…でも…」 「時間が無いから腕枕はしてあげられないけどな~」 宇佐見が笑って華井の髪をクシャッと撫でると、華井は笑顔で宇佐見を見つめた。 華井はよっぽど疲れていたのか、朝食を終えると素直にベッドに横になった。 宇佐見が手を握っててやると、その内安心したように華井が寝息を立てる。 それを確認して急いで昼食を用意すると、宇佐見は大学へ向かった。 「純くん…どうしたの~!? 機嫌が良すぎてコワイ!」 「うるせぇ!」 宇佐見がポカリと賀川の背中を殴る。 「サクー!純くんが殴った~!」 「はいはい。賀川さんもね、そろそろ学習しましょ? で、宇佐見さんは何でそんなに機嫌が良いんですか? 今日も涼ちゃんから連絡も無いし、休みだっていうのに」 「べ、別に…。 それに涼、明日には大学来る…と思うし」 「…へー」 朔宮がニヤニヤ笑いながら宇佐見の顔を覗き込む。 「もしかして…宇佐見さんには連絡あったんですか?」 「は!? ねーよ!」 まさか…今、家で寝てるなんて言えない… 宇佐見はニヤけそうになるのを必死で堪える。 「宇佐見~俺眠たい…これからお前んち行く…」 赤坂が大欠伸をしながら呟く。 「ええっ!? 無理! 今日は無理だから!」 「…何でだよ?」 赤坂が恨めしそうに宇佐見を見る。 「…やっぱり怪しいなぁ~」 朔宮がニヤリと笑う。 「あー純くん! もしかして新しい女の子連れ込んでる!?」 賀川に訊かれて、宇佐見が即、「そんなんじゃねえ!」と答える。 だがそれが裏目に出て、赤坂に「じゃ、いいじゃん。行こうぜ~」と言われ、赤坂の後に朔宮と賀川が続いた。 朔宮が目ざとく玄関に宇佐見の物じゃないスニーカーを見付けると、「涼ちゃ~ん、ただいまー」と言いながら、ズカズカと宇佐見の家に上がって行く。 「おい!朔宮!」 「あれ? 居ない? と言うことは…」 朔宮はさっさとリビングを通り抜けると、寝室へ向かう。 「朔宮!待てって!」 その肩を宇佐見が止める。 朔宮はわざとらしくため息を吐くと言った。 「宇佐見さん…往生際が悪いですよ? 何で隠す…」 「涼ちゃーん!久し振りー!」 宇佐見と朔宮の横をすり抜け、賀川が寝室のドアを開けた。 華井はタオルケットをはだけて、宇佐見に借りた部屋着で丸まって眠っていた。 「涼ちゃん!眠いの?まだ寝る?」 「賀川!そんなデカイ声出したらイヤでも起きるだろ!?」 「宇佐見さんが一番ウルサイですよ?」 その時、もぞもぞと華井が動いた。 パタパタと手を動かすと賀川の腕を掴む。 「…んー純くん…お帰り。 昼ごはん美味かった…」 そう言うと華井は賀川の首に腕を巻き付け、抱きついた。 「宇佐見さんにはホント負けますよ…」 あの後、まだ眠たいのか賀川に抱き付いたまま動かない華井を、宇佐見が引き剥がしベッドに横たえた。 華井は少しの間またもぞもぞしていたが、眠ってしまった。 「まさか月曜日から今日まで3日間…宇佐見さんちに居たんじゃないでしょうね!?」 朔宮に睨まれて宇佐見が慌てて言い返す。 「そんなワケないだろ! 今朝だよ、今朝! 急に涼が訪ねて来て…」 「なんで?」 赤坂がソファに転がったまま言う。 「なんで涼くんが朝っぱらから宇佐見んちに来んの? なんで宇佐見んちに来るのに大学には来ないの? それで…なんで宇佐見んちで寝てんだよ!?」 赤坂が器用に寝たまま宇佐見の肩にグーパンを入れる。 「イテッ!俺は別にやましいことなんて…」 「や・ま・し・い、なんて一言も言ってませんよ? 語るに落ちてますよ、宇佐見さん。 さぁ白状してもらいましょうか?」 「そうだよ! 純くんが涼ちゃん騙すなんて簡単なんだから!」 「賀川…テメェ…」 「何騒いでんの?」 華井の声がして、みんな一斉にそちらを向いた。 華井が目を擦りながら丁度リビングに入って来たところだった。 「涼…!起こしちゃった? ゴメン!」 宇佐見が慌てて華井に駆け寄る。 「ん…昼も一回起きたし平気…。 あれ? 純くんさっき帰って来なかったっけ…?」 「あーそれ俺っ! 涼ちゃん、いいよホラッ抱きついて!」 賀川が宇佐見を突き飛ばし、華井の肩を両手で掴む。 「…雅也?…抱きつく?」 華井は不思議そうに賀川を見上げた。 「涼ちゃん、寝ぼけて宇佐見さんと間違えて賀川さんに抱き付いたんですよー」 朔宮が可笑しそうにチャチャを入れる。 華井は赤くなって俯くと、ポツリと言った。 「純くんは…知り合いじゃ無い…友達だから…」 赤坂と朔宮と賀川は驚いて、一斉に華井を見た。 「純くん、家電貸して。 兄貴に電話する」 「…いいよ」 宇佐見は掠れた声でそれだけ言った。 華井は賀川の手をすり抜けて電話に向かった。 華井は前野に電話を掛けると、いつも通り甘え切ったように話し出した。 宇佐見はそんな華井の声を聞きたく無かったが、否応無しに会話が耳に入る。 「淳、反省した? …うん…もうあの話しないって言うなら許してあげる。 …うん…いいよ。 外食なんていい。 淳が料理作ってよ。 スマホ買ってくれるよね? 何時に待ち合わせする?」 宇佐見は胸が苦しくなるのを、抑えきれなかった。 赤坂が複雑な顔をして宇佐見を見る。 朔宮と賀川もそんな宇佐見の雰囲気を察したのか、それ以上宇佐見をからかうような真似はしなかった。 華井だけはニコニコ笑うとみんなを見渡して、「兄貴と待ち合わせしたから、そろそろ帰る。純くん、今日はありがと。おかげで身体も楽になった。またな」と言うと、立ち上がった。 「…涼…」 宇佐見はそれだけしか言えなかった。 華井は再びみんなににっこり笑いかけると、「また明日大学で」と言って帰って行った。 すると赤坂が口を開いた。 「あれだけ俺達に友達なんていらない、只の知り合いってだって言ってたのに、宇佐見と涼くん、何があった?」 宇佐見は無言だ。 「言いたく無いなら良いですけど…。 涼ちゃんの気持ちが動いたのは確かですよね?」 朔宮が静かに言う。 「じゃあ…俺達は純くんを応援するよ!」 「…応援って…」 宇佐見が賀川に向かって苦笑いをする。 「純くんが涼ちゃんを好きなのはバレバレ! 俺達に任せろよ~」 賀川の明るい声が宇佐見の耳に響いた。 三人が帰った後、宇佐見はベッドに横になった。 別に眠たい訳では無かったが、華井がさっきまで此処で眠っていたかと思うと、我慢出来なかった。 華井の甘い香りが微かに匂ったような気がした。 下半身に熱が集まる。 宇佐見は下着に手を入れて自分自身に触れた。 そこはもう起立して、蜜で塗れていた。 「…ハッ…涼…」 冷たいシーツが華井の不在を嫌でも知らしめる。 それが余計に宇佐見の胸を締め付けた。 華井が自分のキスを受け入れた場面が何度も頭を過る。 宇佐見は激しく自身を扱いた。 蜜が溢れて宇佐見を絶頂に導く。 「…涼…涼…」 宇佐見は素早くテッシュで先端を覆うと白濁を溢れさせた。 虚しい気持ちが瞬間、心を掠める。 それでも、こんな風に相手を思って自慰をするなんて久し振り過ぎて、満足している自分に驚いた。 たかがマスかきっこをして…キスしただけなのに… 溺れてる… 宇佐見は自分の気持ちにハッキリと気が付いた。 翌朝、大学で会った華井は機嫌が良かった。 新しいスマホを嬉しそうに四人に見せた。 「涼ちゃ~ん、もうすぐ夏休みですよね? 予定決まってるんですか?」 華井はチラッと朔宮を見ると、「いつも図書館で勉強してる。それ以外はバイトして…兄貴の夏休みに合わせてたぶん旅行する」と答えた。 「涼ちゃん俺達とも旅行行こうよ! それにさ、わざわざ図書館に通わなくても、純くんちで俺達と一緒に勉強すれば?」 華井はじっと賀川を見つめた。 「勉強は良いけど…。 でも旅行は兄貴の許可が無いと無理」 「まぁ訊くだけ訊いてみて下さいよ。 それと都内で花火大会があるでしょ? みんなで行きましょうよ!」 華井は唇に指を当てると、また朔宮に視線を戻す。 「いつも兄貴と二人で行くから…。 兄貴が良いって言ったら良いよ」 兄貴…兄貴… 涼の世界はお兄さんを中心に回ってる とっくに二十歳を越えてるっていうのに…なぜだ? 華井が『兄貴』と言う度、宇佐見は疑問で胸がざわめいた。
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