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【16】好きな人
夏休みに入ると、それぞれバイトやイベントに忙しくなる。
朔宮ですら普段は家から一歩も出ずにゲーム三昧の日々を送っていたい方だが、それでも短期のバイトに出ていた。
賀川は元々都内のバイトに出ていたので、自宅から通っていた。
赤坂も絵を描く傍ら、面倒臭そうに朔宮同様、短期のバイトに出ていた。
宇佐見もバイトの出勤の回数を増やした。
そんな中、華井だけはいつもと変わらず週に二~三回しかバイトに現れなかった。
ただ華井は、図書館で勉強が終えると、宇佐見が在宅している時は宇佐見の家に顔を出すようになった。
みんなが揃った時は騒いで過ごす。
そんな中、宇佐見と華井が二人きりになる時も多かった。
宇佐見が我慢できずに華井を抱き寄せキスをする。
ベッドに誘っても華井は嫌がらない。
それでも、どんなに宇佐見が好きだと言っても、華井は「嫌いじゃ無い」の一点張りだった。
そう言われれば宇佐見もそれ以上進むのを躊躇する。
だが好きな相手と深いキスを重ね、身体にキスを落とせば自然と身体が反応する。
そうすると、華井は悪戯っぽく「純くん、当たってるよ」と笑う。
「涼だって…」
宇佐見が華井自身に手を伸ばすと、華井も宇佐見に習った通り宇佐見自身に手を添える。
宇佐見が後孔に指を入れても嫌がらない。
「純くん…純くん…」と譫言のように名前を呼びながら快感に身を捩る。
それでも宇佐見は、それ以上は進めなかった。
ちっぽけなプライドかもしれなかったが、華井にどうしても「好きだ」と言わせたかった。
『俺は誰とも付き合わない』
二人で絶頂を迎える度に、その言葉が宇佐見の頭の中にリフレインする。
涼は…
俺を受け入れられる人間が初めてだから…
ただ肌を合わせられるから…
こうして俺に中途半端に抱かれているだけ?
他にちゃんとセックス出来る相手がいるから…
単なる好奇心?
華井を腕に抱く喜びと、嫉妬の狭間で、宇佐見は言葉に出来ない思いを幾度も飲み込んだ。
バイトが終わった後、宇佐見と華井は必ずお茶をしてから帰るようになっていた。
「涼、今日どこ行く?」
「んー駅前のカフェで良いよ」
華井は今日、バイトの最中も余り元気が無かった。
着替えてカフェに向かうと、華井は俯いて喋ろうとしない。
「涼、どうした?
何かあった?」
宇佐見がそっと華井の手に手を重ねる。
華井はポツリと言った。
「俺…花火大会、行けそうも無い…」
「…え、何で?
涼も楽しみにしてたじゃん?」
華井は上目遣いで宇佐見を見た。
「兄貴がさ…毎年一緒に行ってるから…ダメだって」
宇佐見は些細なことだとは思った。
花火大会なんて行けなくても、涼と俺の関係は変わらない
それでもなぜか許せなかった。
「ダメだよ。
俺達の方が先約なんだから絶対一緒に行こう」
「…無理だ…。
兄貴には逆らえない…。
俺も兄貴と一緒に行くって言った」
「涼…涼は本当にそれでいいの?
俺達、友達だろ?
友達と出掛けるのを何でお兄さんがダメだって言うんだよ?
普通は楽しんで来いって言うんじゃないのか?」
宇佐見が華井の手を強く握る。
「…でも…また…あの時みたいになる」
「あの時?」
「純くんとケンカして…泣いた時…」
「…そんな…」
宇佐見は絶句した。
涼が泣いたことだって、ハッキリ言って些細なことだ
花火大会に行くのだって大したことじゃない
なんでお兄さんはそんなに拘る?
そして涼は何でそんなお兄さんに従う?
「涼、俺、涼が花火大会に来てくれるまで待ってるから」
「…純くん…」
「花火なんて見られなくてもいい。
待ち合わせの場所で、涼が来るまでずっと待ってる」
「…純くん…俺は…」
「何度だって言うよ。
俺は涼が好きだ」
「…純くん…」
「涼も俺が嫌いじゃ無いんだろ?
今すぐキスしたい…」
「純くん!」
華井は真っ赤になると掴まれた手を離そうとする。
だが宇佐見に強く掴まれて離せない。
宇佐見は華井の手の甲にそっとキスをした。
「待ってる…本気だよ」
華井は俯いたまま何も答えなかった。
花火大会当日。
「宇佐見さーん、涼ちゃん本当に来るんでしょうね?」
公園の入り口の待ち合わせ場所で、4人は揃って華井を待っていた。
「約束したから…。
でももうすぐ始まるだろ?
お前ら先に行けよ」
「じゃあ涼ちゃん来たら連絡してね!
良い場所取っとくから!」
張り切る賀川に赤坂は何も言わず付いて行った。
花火が上がる音がする。
心臓に響くな…
宇佐見は花火に背を向けながら、じっと公園に続く一本道を見ていた。
20分も経っただろうか、全速力で走ってくる人影が見えた。
キョロキョロと辺りを見回している。
宇佐見は小走りにその人影に近付くと、ふわりと抱きしめた。
「純くん…!」
華井は宇佐見の胸に抱きついた。
「…本当に来てくれたんだ」
ドンドンと花火の上がる音がする。
「…うん。
ずっと待ってるなんて言われたら…来ないワケにいかないだろ」
照れ臭そうな華井の顔に花火の影が映る。
「お兄さんに怒られない?」
「今更、純くんが言うのかよ」
華井がふふっと笑う。
「涼…ありがと。
スゲー嬉しい…。
涼、好きだよ」
「こんなとこで言うなよ!
恥ずかしいヤツだな!」
華井が顔を真っ赤にして言う。
「良いだろ…本当のことだし…」
宇佐見の両手が華井の頬を包む。
「好きだよ…涼。
涼の本当の気持ち、聞かせてよ」
「…嫌いじゃ無い…」
「…それだけ?」
「…純くん…」
「うん」
「…俺…好きな人がいる。
ずっと…何年も…その人しか好きじゃ無かった…。
その人以外好きになれる人なんていなかった。
でも…純くんも好きだ…」
「…涼」
宇佐見が華井の唇を塞ぐ。
花火の音が響く。
周りの人達は、夜空を彩る花火に夢中になって歓声を上げている。
二人には、ただ重なる唇の感触だけが全てだった。
華井は宇佐見が唇を離すと、何も言わず走り去って行った。
宇佐見は賀川達に合流して花火を見た。
大輪の花火が瞳に映る。
それでも宇佐見には、『純くんも好きだ』と言った華井の眼差しが、目に焼き付いて離れなかった。
「涼くん、結局来なかったな」
赤坂がビールを飲みながらポツリと言う。
「来たよ」
「へ?いつ?」
賀川がビックリして宇佐見を見る。
「待ち合わせ場所。
会いに来てくれた」
「宇佐見さんはそれだけで良いんですか?」
「良い。俺にとっては十分だから」
「ふーん。
良いことあったんだ?」
赤坂がふにゃっと笑う。
「…うん。涼の本当の気持ち、聞けたから」
「えー!両想い!?
付き合うの!?」
賀川が身を乗り出す。
「そんなに簡単じゃねぇけどな…」
宇佐見もビールを一口飲んで答える。
「でもあの涼ちゃんが、素直に自分の気持ち言うなんてめでたいですな」
朔宮がニコッと笑う。
素直…
そうだ…
涼は俺を好きだって言うだけで良かったのに
他に好きな人がいるなんて、隠しておけば良かったのに
わざわざそのことまで言ったんだ…
「まぁ~これでスンナリ両想いっていかないところが涼くんだろ!
宇佐見、頑張れよ!」
赤坂が宇佐見の肩を叩いた。
花火大会で会って以来、宇佐見は華井に会えずにいた。
ラインをすれば返事は来る。
だが、電話したいと伝えても、「今は無理だから」と言う返信が来るだけだった。
それでも花火大会から三日後、バイトの日が来た。
ロッカーで会った華井はいつもと変わらず、「おはよ」と言ってにっこり笑った。
宇佐見は誰も居ないのを確認すると、華井を抱きしめて頬にキスをした。
「…会いたかった。
何で電話させてくれないんだよ?」
「…純くんを…困らせたくなかったから」
華井は小さな声で言った。
「困るって、なに?」
「…会えないからさ…。
電話なんかしたら、純くん絶対会いたいって言うだろ?」
「…明日、会える?」
華井は宇佐見から身体を離すと、宇佐見の顔を見て笑った。
「ほらな」
「涼…はぐらかすなよ。
明日、家に来てくれよ」
「きっと…純くん、俺に幻滅するよ」
「涼?」
「もう着替えよ。遅刻するぞ」
華井はそう言うと自分のロッカーに向かった。
バイトが終わった後でカフェに入っても、華井はなかなか宇佐見の家に行くとは言わなかった。
宇佐見はふと気が付いた。
「涼…もしかして花火大会の日、俺に会いに来てお兄さんに怒られたのか?」
華井が一瞬泣きそうな顔をしたのを、宇佐見は見逃さなかった。
「兄貴は俺を怒ったりしない…でも…」
「でも、何?」
「……」
「涼、俺は何を聞かされても、涼を軽蔑したり、ましてや幻滅したりしない。
ここで話せないなら明日家に来てくれよ」
「俺は話せない。
それに話さなくたって…純くんは俺に二度と会いたくないって思うよ」
華井は宇佐見の目を真っ直ぐ見て言った。
それでも華井は宇佐見の家に行くと約束した。
午後から来るという約束に、宇佐見は何度もスマホを眺めて時間を確認せずにいられなかった。
約束の時間ピッタリにインターフォンが鳴ると、相手も確認せずに玄関を開けた。
華井がいつものように、照れ臭そうな顔をして立っていた。
部屋に招き入れても、何から訊いていいか分からず黙り込む宇佐見に、華井から話し出した。
「俺は純くんの他にも好きな人がいるって言ったろ?
純くんはそれを受け入れられるの?」
「…涼をその人から奪いたいって言ったら?」
華井は宇佐見をじっと見つめると、シャツを脱ぎだした。
上半身裸になった華井に、宇佐見は思わず声を上げそうになった。
その身体には無数のキスマークが刻まれていた。
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