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【24】過去
宇佐見は賀川を無視して部屋へと戻って行く。
「おじゃましま~す」
賀川は小声で律儀に挨拶すると、宇佐見の後に続いた。
Tシャツを引っ掛け水を飲む宇佐見に向かって、賀川は華井のスポーツバッグを押し出した。
「これ涼ちゃんの荷物。
んで俺はこれからバイト。
6時には純くんちに来られると思う。
サクとあーちゃんが4時にはパーティーの準備しに来てくれるから。
あ、でも誤解しないでよ?
仲直りパーティーっつっても、元を正せば悪いのは純くんなんだから、純くんもちゃんと手伝ってね!?」
「…はいはい…」
「じゃ俺行く!
また後でね~!」
賀川はキラッキラと音がしそうな笑顔を残し、宇佐見の家を後にした。
宇佐見は賀川を送り出すと、きっと起きた時に、「お腹空いたー!」と言う華井を予想して、炊飯器をセットすると、また寝室に戻った。
華井は結局午後2時に起きて来て、宇佐見の顔を見るなり、「お腹空いたー!」と言った。
華井より一時間早く起きていた宇佐見が作っておいた数種類のお握りに、華井は目を輝かせ、洗面を終えると直ぐに食べ出した。
華井は食後に一息つくと、チラッと宇佐見を見て小さく睨むと、「シャワー浴びて来る」と言った。
「涼、ゆっくり入りたいんじゃない?
お湯張ってあるよ?
一緒に入ろうよ」
「…純くんさぁ」
華井が呆れたように言う。
「誰のせいで風呂にも入れず眠っちゃったんだと思う!?
純くんがあんな…しつこいっ…」
「だから~お詫びにちゃんと後処理してから、俺寝たし!」
「当然だ!
これでまた一緒に風呂なんて恐ろし過ぎる!」
「なんで~?セックスの後はお姫様抱っこで身体洗って貰うんだろ?」
「ルール変更!わっ!」
宇佐見はサッと華井を抱き上げた。
「ほら行くぞ!暴れんなよ?」
「純くん!下ろせよ!」
「湯船で下ろしてやる」
寝不足の上、腹一杯でゆっくり風呂にも入ったせいか、華井は風呂上がりにソファでまた眠ってしまった。
宇佐見はベッドメイキングをしてから華井をベッドに寝かすと、寝室の扉を閉めた。
それから暫くして、宇佐見の家にやって来た赤坂と朔宮に、華井が寝てるから静かにしろと宇佐見が言うと、理由を訊かれ、理由を話すと宇佐見は呆れられ華井は同情された。
「まったく…。
俺んちにいた方が涼くんの健康には良かったんじゃねぇか?」
赤坂が器用に紙ナプキンを綺麗に折って紙皿の上に置いていく。
「俺んちで十分だったと思いますけど…。
宇佐見さん、そんなことばっかりしてると涼ちゃんにまた逃げられますよ?」
朔宮も買い出ししてきたおかずを綺麗に盛り付けていく。
「うるせーなー。
愛情だよ、愛情!
感動の再会だったんだから仕方無いだろ!?」
宇佐見は手早くチキンを揚げている。
「感動の再会って…。
単に宇佐見さんのヤキモチとか、そのレベルの喧嘩だったんじゃ無いんですか?」
「……」
「涼くん、うちの家族にも大人気だったんだから、たまには寄越せよ!」
「絶対ダメ!
赤坂、涼と風呂入ったり腕枕したりしたんだよな!?」
「それがヤキモチっつーんだよ!」
「宇佐見さん…心が狭すぎますよ?」
「朔宮も同罪だからな!」
「宇佐見さん…」
朔宮がふふふと不敵に笑う。
「じゃあこれ知ってます?
涼ちゃん、右足の内股の付け根に小さい黒子があるんですよね~」
「…黒子?」
宇佐見の顔色が変わる。
「そうです。
身体洗ってあげてる時にね…バッチリ見えちゃったんです」
朔宮が重々しく頷くと、赤坂も「あーあの黒子ね!ちっちゃいんだよな~」と頷く。
「朔宮!肉と油見てろ!」
宇佐見はキッチンから寝室へと走った。
数分すると寝室からドタバタする音と、華井の「止めろ!変態!」という叫び声がして、赤坂と朔宮は顔を見合わせて笑った。
「あっ!悟くん!サク!
助けてよ!
純くんが分けわかんないこと…」
寝室から飛び出して来た華井は、赤坂と朔宮の後ろに隠れた。
「涼!まだちゃんと確認出来て無い!」
宇佐見が華井の細い腕を掴む。
「純くん…友達も来てるのに…何なの!?
絶対ヤダ!」
「そうだ宇佐見、セクハラだぞ~」
「そうそう。俺達は偶然見たんですから」
「偶然!?
んな訳無いだろ!
見よう見させようと思わなきゃ絶対見られない場所だ!
涼、早く!」
「ぜってーヤダッ!」
その時インターフォンが鳴って賀川がやって来た。
だが賀川が、「え?涼ちゃんの黒子は左足でしょ?」と言ったせいで、華井は宇佐見に寝室に連行され、赤坂と朔宮は爆笑した。
「純くん…ヤキモチ焼かないって昨夜言ったばっかだよな?」
「…すみません…」
「ガセネタ真に受けて、あんな恥ずかしい格好させやがって…。
当分俺に触るなよ!?」
「…はい…」
宇佐見が正座させられ、その前に華井が仁王立ちしている中、赤坂と朔宮は必死で笑いを堪えている。
賀川はひとりキョトンとしていた。
「まぁまぁ涼ちゃん。
料理も冷めちゃいますからパーティー始めましょ?」
「そうだよ~!
良く分かんないけどさっ、楽しくやろ!」
「よーし俺も今夜は眠らねぇ~」
宇佐見が華井に気付かれないように、朔宮・賀川・赤坂を睨むが三人は動じない。
「まぁ、みんながそう言うなら…」
華井は渋々頷いた。
その後はビールで乾杯すると大盛り上がった。
朔宮が用意してきたテレビゲームを何種類もやったり、罰ゲームを賭けて懐かしいトランプや王様ゲームまでやった。
みんなで交代でビデオカメラも廻し、動画や写メも撮りまくった。
日付が変わっても宇佐見の家からは笑い声が絶えなかった。
そうして午前三時を過ぎる頃、まず赤坂がソファで爆睡した。
昼間バイトだった賀川が続いて寝室に敷いておいた布団に撃沈し、朔宮もその隣で携帯ゲーム片手に眠ってしまった。
華井はそんな三人の寝顔を楽しそうに写メに撮ると、「俺達も寝よう」と宇佐見に言った。
「いいのか?」
「いいって何が?」
「俺、涼に当分触っちゃいけないんだろ?」
華井はニコッと笑った。
「腕枕くらいは許してやるよ」
喉…乾いたな…
宇佐見は反射的にスマホを見た。
まだ午前6時前で眠って2~3時間しか経っていなかった。
腕の中に居る筈の華井の姿が無い。
「…涼?」
寝室を出ると、リビングのベランダで、手摺りに凭れて外を見ている華井を見つけた。
宇佐見は冷蔵庫からミネラルウォーターを2本取り出すと、華井の元に向かった。
ベランダの扉が開いた音で、華井が振り返った。
「何だよ?早いな?」
華井はにっこり笑って宇佐見を見た。
「涼こそ…どうした?」
華井は宇佐見が渡したペットボトルを頬に当てると、「勿体なくて…」と呟いた。
「勿体無い?」
「そっ。昨夜から今朝まで…楽しかったから」
華井はペットボトルを開けると水を一口飲み、前方の街並みに目を向けた。
まだ朝は始まったばかりで、それでもじりじりと残暑の名残りを感じさせた。
宇佐見も華井と並んで水を飲んだ。
「俺さ、小6の卒業式の日に兄貴に初めて会ったの」
華井はまるで天気の話でもするように話し出した。
「…うん」
「小学校に上がる前に親が離婚してて、この人達が涼の新しいお父さんとお兄さんになる人よってお母さんに言われた。
それから俺が中学に入学する直前に再婚して、四人家族になった。
兄貴も俺も一人っ子だったから」
華井はまた一口水を飲んだ。
「新しい生活は戸惑いだらけだった。
会社人間だった母親が会社を辞めて専業主婦になった。
それは単純に嬉しかった。
でも、異常なくらい義理の父親に気を使うんだ。
父親は俺に関心が薄かった。
それでも父親の俺に対する反応を見ては、母親は俺を叱る。
父親の関心が薄いのも、俺に可愛げが無いからだと叱られた。
兄貴にも物凄く気を使ってた。
だから兄貴はそんな母親から俺を守ろうと、母親の態度を逆手に取ったんだよ」
華井の淡々とした告白に、宇佐見はただ黙って頷いていた。
「兄貴は二つ違いで、付属の高校に進学する為に成績を落とせない時だったのに、俺に家にいる時はなるべく自分の部屋で一緒にいろって言ってくれた。
兄貴が俺を可愛がれば母親の機嫌が良いから。
最初は兄貴の勉強の邪魔になるって言って遠慮してた母親も、兄貴が俺と一緒に勉強した方が励みになるからって言うと、舞い上がって喜んで父親に報告してた。
兄貴は少しでも俺が叱られないように、食事も風呂も俺に合わせて一緒に行動してくれた。
母親と二人っきりになるだろ?
そうすると必ず叱られるんだ。
お父さんが私にこんな冷たい事を言ったのも、お前の態度が悪いから。
お父さんの帰りが遅いのも、お前と顔を合わせたくないから。
父親に対する不満は全部俺のせいになる。
俺は家の中で兄貴と一緒にいる時だけ、楽に息が出来た。
兄貴と一緒にいる、兄貴の部屋だけが、世界で一番安心出来た。
だから一緒に暮らして半年経って、兄貴に俺が好きなんだ、キスしたい身体に触れたいそういう意味で好きなんだって言って抱きしめられた時、凄く嬉しかった。
兄貴が俺を好きでいてくれる限り、ずっと一緒にいられると思ったから」
華井がペットボトルの水をごくごく飲む。
それに合わせるように宇佐見も水を飲んだ。
「兄貴はキスから全てを俺に教えた。
前に言ったろ?
俺、自分でしたこと無いから純くんにどうやっていいか分からないって。
兄貴が俺に何も覚える必要無いって言ったって。
初めてキスした時、兄貴は自分を好きかって訊いてきた。
勿論俺はうんと答えた。
兄貴は、涼くんは俺以外とはキス出来ないよと言った。
勿論俺はうんと言った。
それが初めて自慰をされた時も同じだった。
俺も同じように答えた。
初めてセックスした中3の時もそうだった。
もうその頃には、兄貴に訊かれなくても、兄貴以外とキス以上のことをするなんて、想像も出来なかったけどな…」
「…涼…」
「つまんない話だろうけど、まぁ聞けよ。
セックスしたらさ…もう全部が兄貴以外は無理だった。
例えば紙で指先切ったりして、ふざけて友達に舐められたりするだろ?
そうするとバーって鳥肌が立つんだ。
俺達は中・高男子校の一貫校に通ってて、兄貴がいるうちは良かった。
兄貴は元々凄く人気があって、俺を守る為なら手段を選ばなかったし、俺を溺愛してるのは有名だったし。
前野の弟だっていうだけで、周りが避けてくれた。
でも俺が高2になって兄貴が卒業すると、俺はなぜか周りに騒がれ出した。
追いかけ回されて…捕まえられて…初めて兄貴以外の人間とキスした日…舌が触れた瞬間俺はそいつを突き飛ばして、吐いたよ。
震えが止まらなくて…口を何度も消毒して…それでもまだ気持ち悪くて…。
兄貴が付きっきりで、事故だって言って慰めてくれなかったら立ち直れなかった」
華井は眉をひそめて空を見た。
「でも…そんな兄貴との生活も高2の秋で終わった。
母親がまた離婚して…半年後に再婚したんだ」
「…えっ…」
宇佐見が驚いて華井を見ると、華井は微笑んで宇佐見を見ていた。
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