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【6】兄弟
賀川と華井がパソコンに向かっている間に、赤坂と宇佐見と朔宮は交代でシャワーを浴びた。
賀川が順調にレポートを進め出すと、華井が「俺、先にシャワー浴びてくる。雅也がシャワー浴びてる間に原稿チェックするよ」と言って、着替えとバスタオルを持つと浴室へ向かった。
「宇佐見さん…気にならないんですか?
涼ちゃんのハ・ダ・カ」
朔宮が宇佐見の耳元で囁く。
「ばっ…馬鹿じゃねぇの!
何で俺があいつの…」
「宇佐見~それより今のうち布団敷いとこうぜ」
赤坂が至極マトモなことを言い出す。
「宇佐見のベッドはダブルベッドだろ?
そしたらそこにニ人寝て、あと予備の布団二組しか無いから、布団は三人だな」
それから三人で、宇佐見の寝室になんとか布団を二組敷いた。
「でもこれって布団組は貧乏くじですよね…。
まぁ体格からいって赤坂さんと俺と涼ちゃんが布団かな」
朔宮の言葉に宇佐見は焦った。
いやいや…
朔宮の言うことはもっともだ
第一なんで俺が焦るんだ?
その時、リビングから「雅也、お待たせ~!シャワー行ってこいよ」と言う華井の声がした。
宇佐見達がリビングに戻ると、パジャマ姿の華井が水を飲んでいた。
「涼ちゃん、かわいいー!
ちゃんとパジャマ着て寝るんですね~」
朔宮の言葉に、華井はちょっと顔を赤くすると「習慣!」とだけ言ってぷいっと横を向いた。
ヤベ…
マジでかわいいんですけど…
宇佐見はそんな自分の考えを振り切るように、「涼くん、まだ時間掛かるだろ?夜食食べない?俺ケーキ作っといたんだけど」と言った。
華井は目を輝かせて「手作りケーキ!?食べる食べる!」と答える。
宇佐見は頬が緩みそうになるのを、何とか我慢した。
「飲み物どうする?」
「あ、豆乳買ってきてくれた?俺ソイラテにして」
「オッケー」
宇佐見がキッチンに向かうと、朔宮と赤坂もやって来た。
「なに?」
「なに?じゃありませんよ!
俺達は無視ですか!?」
「そうだぞ宇佐見!
涼くん涼くん言いやがって…俺達も食うから用意しろ!」
「分かった分かった。
じゃあ飲み物は自分で用意しろ」
「宇佐見さん!」
「宇佐見!」
朔宮と赤坂の怒りの声が重なった。
宇佐見がケーキとソイラテをテーブルに置くと、「わ~これってティラミスじゃん!純くんホントにスゲーなぁ!俺、大好きなんだよ~!」と華井は言って、ニコニコしながら食べ出した。
「うまっ!うまい~!
純くんも早く食べろよ!」
そう言って嬉しそうに宇佐見を見上げる。
「…うん」
宇佐見も一口食べた。
「あ…うまい。成功した!」
宇佐見が言うと「成功も成功!大成功だよな!」と頬っぺた一杯にしてる華井がニコッと笑う。
やっぱ…かわいい…
夢中で食べる華井を宇佐見が見つめる。
朔宮と赤坂は、テーブルの端っこで黙々と食べていた。
丁度ケーキを食べ終えて一息ついてる頃、華井のスマホが鳴った。
宇佐見はふと自分のスマホを見た。
23時30分過ぎてる…
こんな遅くに直電って…
華井はパッと電話に出た。
「じゅん?お疲れ様!
…うん…うん、まだ掛かるよ。
いいよ迎えなんて…何時になるか分かんないし、明日も仕事でしょ?
…うん…平気!明日は大学終わったら直ぐに帰る。
…うん。おやすみ~!」
華井が電話を切ると、宇佐見と朔宮と赤坂がじっと華井を見ていた。
「涼ちゃ~ん。『じゅん』って誰なんですか~?
もしかして恋人?」
朔宮に華井が顔を赤くして言う。
「ち、ちげーよ!兄貴!
淳だから淳!」
「それにしては、な~んか甘い雰囲気だったなぁ。
これから迎えに来るとか言っちゃって…涼くんそうとう甘やかされてんだろ?」
「悟くんも何言ってんだよ!
二人暮らしだから心配してるだけ!
俺、雅也のレポートチェックしてくる!」
華井がそそくさとパソコンに向かう。
じゅん…
俺と同じ名前…
あんなに甘えた喋り方の涼くん初めて聞いた…
「宇佐見さん、ライバル出現ですね!」
「…朔宮…俺は別に…」
「まぁ相手はお兄さんだし…涼ちゃん案外ブラコンなのかもしれませんね~?」
お兄さん…ブラコン…
そうだよな
相手は家族なんだ…
宇佐見はホッとしてアイスコーヒーを飲んだ。
風呂から戻った賀川は自分もケーキ食べたいと騒いだが、朔宮にレポートが終わってからと叱られた。
朔宮はゲームをしながら、宇佐見は読書をしながら仕上がりを待った。
赤坂は既に眠っていた。
レポートは順調に進み、午前3時に仕上がった。
4人は350mlの缶ビールで祝杯を上げた。
そうして30分もすると、さすがに賀川と華井は眠くなった。
「サク~俺眠たいー」
「ちょっと賀川さん!重たい!
自分で歩いて!」
朔宮は寄りかかる賀川を引きずるようにして寝室へ向かう。
その後を宇佐見と華井は並んで歩いていた。
華井はボンヤリしながら目を擦っている。
寝室に着くと、布団に朔宮と賀川が崩れ落ちように寝ていた。
奥では赤坂がすやすや寝息を立てている。
「賀川さん!狭い!ズレて!」
朔宮のブーブー文句を言う声を聞きながら、宇佐見と華井はベッドに乗った。
先にゴロンと転がった宇佐見を、華井は座ってじっと見ている。
「涼くん?どうかした?」
宇佐見がいつまで経っても横になろうとしない華井に、不思議がって声をかける。
「…あのさ…腕枕してくんない?」
華井の一言に宇佐見は固まった。
「…う…腕枕…?」
掠れた声で何とか言うと、華井が照れ臭そうに、「俺いつも腕枕して貰って寝てるんだよね。もう習慣になってるって言うか…まぁして貰わなくても寝られるんだけど、時間掛かるから…」と言った。
まだ眠っていなかったのか朔宮が声を上げた。
「はいはい!俺が腕枕してあげます!
宇佐見さん場所代わって!」
朔宮が涼くんに腕枕!?
冗談だろ!?
「うるせぇ!
俺がする!
お前はそこで大人しく寝ろ!」
「えー宇佐見さん横暴!」
朔宮の文句を無視して宇佐見が腕を伸ばすと、華井が嬉しそうに頭を乗せた。
華井はピタッと宇佐見に身体を寄せて来る。
宇佐見はそっと肩を抱いた。
「…あのさ…」
「ん?」
「腕枕が習慣って…いつも誰にして貰ってんの?」
「兄貴」
やっぱり…てか仲良過ぎるだろ!?
「じゃあ…お兄さんが居ない時どうすんの?
今日みたく友達の家に泊まりに行くとか…」
「友達なんて居ない」
そうだ…そうだった…
「じゃあ修学旅行とかは?」
「行って無い」
「えっ!?」
宇佐見は思わず華井の顔を見た。
ダウンライトの元で華井の頬はツヤツヤ光っていた。
「修学旅行なんて興味無いって言ったら、兄貴がじゃあ行かなければいいって言ったからさ」
華井は当然のように言った。
「…でも一生に一度の思い出だろ?」
宇佐見がそう言うと、「だって友達なんていらないし…友達居なかったらあんま意味無いだろ?修学旅行なんて」と華井はまた当然のように言う。
宇佐見は胸が苦しくなった。
涼くんは本気で友達なんて必要無いって思ってる…
それに…何なんだよその兄貴…
弟が修学旅行に行かないって言ったら、普通行けって説得すんだろ…
「…純くん…俺眠い…」
「…うん。もう寝よう。
おやすみ涼くん…」
宇佐見は華井をぎゅっと抱き寄せて目を閉じた。
宇佐見が目を覚ますと、華井はまだ腕の中に居た。
まるで離すと宇佐見がどこかに行ってしまうかのように、宇佐見の身体に腕を回していた。
長い睫毛が影を作り、ぽってりした桜色の唇は少し開いている。
宇佐見は自分でも気づかぬうちに、自然に唇を重ねていた。
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