消える

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 部屋に戻ったとき、多佳子の目に見なれないモノが飛び込んできた。部屋の灯りは点けたままだ。それは、光が届いていないベランダの暗がりにいた。明るいところからでは姿がよく確認できなかった。しかし、暗闇の中に浮かんだ二つの光が、なにか動物らしきモノがそこにいることを教えていた。多佳子と同じように、ベランダのそれも凍りついたように見えたが、次の瞬間には視界から消えた。  暗がりからこちらに向けられていた二つの光、それが身を翻して消えるときに視界に残ったふさふさしたハタキ状のもの(きっとシッポだ)、それだけが記憶に残っている。あとは、いつもと変わらない自分の部屋である。ノラネコかなと考えてみた。けれどもマンション4階にある部屋なのでネコが入りこんでくるとは思えない。それに、どう思い返してみても、あれはネコのシッポなんかじゃない。  ベランダに出てみたが、暗すぎて分からない。多佳子は部屋に戻って、机の引き出しを開けた。そこにはLEDのハンディライトが入っている……はずだった。  あれ?  そうなのだ。モノが消えるのは、いつもこういうタイミングなのだ。数日前に使ったのだけど見あたらない。また使ったきりで放りだしてしまったのだろう。きっとリビングのどこか、雑誌の下にでも隠れているに違いない。  押入の中には、旧式で大きな懐中電灯が入っているのは知っている。でも、それをひっぱりだしてくるのも億劫だった。  どうでもいいや、見なかったことにしよう、そう多佳子は考えた。   ****************  万紗子が失踪したらしい。出勤すると雰囲気が妙にピリピリしていた。何だろうと思っていたが、そういうことだった。チーフ宛にメールが届いていて、「やめます、お世話になりました」と書かれていたというのだ。チーフも最初は冗談と思っていたらしいが、始業時間になっても出勤してこないから自宅に電話を入れてみると、母親がでて、昨晩から戻っていないと慌てているのだという。
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