消える

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 断るに断れない方面から頼まれて机をあてがっていただけとはいえ、一応は社員待遇になっている。いなくなったことに重点を置くなら、本気で心配しなければいけないところだ。でも万紗子の場合はちょっと事情が違う。とにかく手に負えないくらいのお天気屋なのだ。どうせ、ちょっとした気まぐれで飛び出しただけなんだろう。お腹が減ったら帰ってくるんじゃないの、その程度に思っておいてもいいのではないか。  あるいは、辞めますという内容をメールで伝えてきたという点に重点を置いたなら、まったくの笑い話だ。どうでもいい書類の整理とか、お使いとかなら、多佳子も時々、任せてはいた。けれどもその程度のことでさえきちんとやってくれるかどうか心配だった。責任のある仕事などはとても任せられたものではない。それでも曲がりなりにも社会人だ。仕事を辞めるというのなら、それ相応のやり方がある。イヤになったからという、単純にしてバカバカしい理由だったとしても、しかるべき形を整えるのが社会人だ。それを、大学のサークルをやめるみたいに、メール1本で済ませようとしているんだから、笑ってあげるしかない。きっと「辞表」なんて漢字は、書き取りのテストでも書いたことがないのだろう。  自宅の方では、娘がいなくなって慌てているのだろうが、チーフはメールで辞めると言ってきたことに苛ついているようだ。多佳子の場合は、どちらでもなかった。同じ職場で机を並べていた人間が消えたのなら、普通はポーズだけでも心配する素振りをするところだ。でも消えたのが万紗子なのだから、心配するだけ無駄と思えた。メールの件についても、なるほど万紗子らしいと言うよりなかった。  「ヤバいオトコに騙されてついて行っちゃったんじゃないの」  「かもね、あの子、最近、新しい彼氏がどうのこうの言ってたもんね」  「マサコの言ってた彼氏って、そのスジのヒトなの?」  「ねえ、だったら、メールも怪しいんじゃない? よくあるじゃない、メール送ったのは犯人だったっていうの」  「やだ、犯人って何よ、もう事件にしてるの? 殺されちゃってるわけ?」  「あっ、そうか、じゃあさ、モデルにしてあげるとか言われて、あっち系のプロダクションに連れていかれたっていうのはどうかな」
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