消える

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 席に戻ると、チーフの姿が見あたらない。ミーティングの時間なのに、万紗子のことなのだろうか。本人を心配しているというよりも、彼女を押しこんできた相手(大切な取引先だ)との関係があるから、幹部のところへ報告に行ったのだろう。ことはちょっと面倒な方向へ進んでいるのかも知れない。だとするとミーティングはお流れになるはずだ。多佳子がそんなことを考えていると、隣の席の女の子が、申し訳なさそうな小声でささやいてきた。  「あの……、資料は机の上へ置いておいてくれと、チーフが、……」  (そんなに恐縮して言うようなことでもないでしょ、普通のメッセージなんだから)。頭の中だけでそう返しておいて、多佳子は黙ってうなづいた。そして午前中に出力しておいたデザイン案をファイルケースから取りだしてみた。手描きのラフは3日前のミーティングで目を通してもらっている。それを改めてコンピュータで作成してきただけのものだ。他に頭が行っていると、チーフは真剣に検討したりはしないだろう。他のスタッフだって、多佳子の出すデザイン案に口を挟んだりしない。「エグゼクティブデザイナー」なんて仰々しい肩書きが名刺についているからだ。だったらミーティングなんかしても同じじゃない。あとはライターが書いてきた記事をはめ込んでお終い。このまま印刷所にまわされてカラーカンプになって出来上がり。
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