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悪い出来だと思っているわけではない。でもなんか陳腐だなといった思いは残っている。このままで雑誌の見開きになっていてもおかしくはない。でも手を加えられることなく通ってしまうと、どうでもいい仕事なのかなとも思えてくる。エグゼクティブかなんか知らないが、結局はだれがやっても同じようなものにしかならない仕事ばかりなのだ。美大にいて、広告業界を志望していたころには、時代を映しだす広告を作ってみたいなんて、大きな夢もあった。世の中の空気を切りとったキャッチコピーというと、その言葉ばかりが注目されがちだが、それを効果的に印象づけるレイアウトなり、タイポグラフィなどのデザインがなくては始まらない。むしろ、そうしたデザインこそがコピーを生かす力の源なのだ。学生コンペで表彰されたときには、そんなことも思っていた。業界のトップランナーになって事務所を構えている姿も空想していた。しかしそれも昔の話だ。希望どおりデザイン系の会社に入ることはできた。でもスポットライトの中心とは縁のない仕事ばかりの日々が続いた。入社したころと肩書きは変わっても、与えられた作業を事務的に片づけるのは変わらない。以前ならいろいろ意見がもらえるように複数のデザイン案を出してみたり、疑問点を見つけて書きつけたこともあった。でも期待していた反応は返ってこなかった。最近はそんなことをする熱意もない。機械が規格品をペッペッと吐き出すように処理していくのが求められているすべてだった。
PM8時。いつもと変わらない時間にマンションに帰り着いた。そしていつものようにコンビニでの買い物を済ませ、これもまたいつもそうしているように、ポストに押しこまれていたチラシを廊下のゴミ箱に捨ててからエレベータに乗った。
ふう
多佳子は小さくため息をついた。のろのろと移動する表示板の数字を見つめながら、今日もなんにもない一日だったなあと思った。4階について扉が開くまで万紗子のことはまったく頭から消えていた。それでも扉が開いたのが、なにかの弾みにでもなったのかのように、万紗子の名前がひらめいた。
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