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「お気遣い、有難うございます」
「ゆっくりしてってね。あ、お母さん、ちょっとお隣に行って来るから」
そう言って立ち上がり、部屋を出て行く。こんな田舎町まで私を訪ねてきた彼に、母は不思議そうな顔を向けていた。
彼は母に自分の事を『昔の生徒です』とだけ言った。
その答えに母は顔を綻ばせた。生徒に慕われていたみたいで、嬉しかったのかも知れない。勘付かれてはないと思うけれど……。
お茶に手を伸ばす彼を見ていた時、玄関の閉まる音が聞こえた。
「生徒だなんて、自分から言うと思わなかった」
「そりゃ……」
なにか言いかけて溜息を吐く。
そんな彼を見て、言った言葉に後悔した。
「ごめんね」
「謝まるなよ。そんな言葉欲しくない」
思わずまた謝る言葉を続けそうになって、私は口を噤んだ。
緑茶に自分が映っているのを見て、ハッとする。そういえばメイクもしていない素顔だ。
気付いて俯いた。今更顔を隠しても意味はないだろうに。
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