雪に溶ける

5/30
前へ
/32ページ
次へ
  「なにしに……来たの?」 私がそう言うと、ハッという強めの声が吐息と共に吐き出された。その声に思わずビクッと体を揺らしてしまう。 だってその声は呆れるような、嘲るような、そんな風に感じたから。 顔を上げた彼の目には力があり、視線を逸らせない。怯えるように彼を見る私に、彼は静かに言い放った。 「なにって、攫いに来たに決まってんでしょ」 ドクンと自分の心臓の音が重く響いた。 強気なその言葉とは裏腹に、彼が私を見つめる表情は切なげで苦しそうで、私の胸を締めあげていく。 「勝手に俺の前からいなくなって、お見合い? 冗談が過ぎるよ」 たじろぐ私の手首を彼は素早く掴んだ。 伝わってくるのは、熱。 深々と降り積もるこの雪景色はこんなにも凍る寒さなのに、彼だけが熱い。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加