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正確には、佐野はただ、持ってきた傘の柄を里香に握らせただけなのだが……。
「風邪ひくといけないから、この傘持って帰ってください」
思いがけずかけられた優しい言葉に、里香はさらに心を乱してしまう。
「私のためにわざわざ」
「史子が持っていけと……」
そこで里香はやっと現実に引き戻される。
――史子、史子、史子~!
相変わらず心の中はもやもやとしているけれど。
――ひとつの傘に入れるのは、きっと、恋人や家族だけなんですね……。
こんな気持ちになるのは佐野のせいではないはずだ、自分だけが一人だと思い知ってつらくなっただけだ、そう里香は結論付けた。
すると、余計にみじめになってくる。
「なんで私は結婚できないんですか~!」
里香は捨て台詞とともに、佐野から渡されたビニール傘を奪うようにして取り上げると、雨の中を疾走した。
「あ……」
一本しか傘が無かったせいで、その後雨に打たれながらアパートに戻った佐野は風邪を再発し、それからさらに二日ほど仕事を欠勤した――。
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