17人が本棚に入れています
本棚に追加
総合スーパー・ニューマート貝原店の屋上は、家族連れでごった返していた。
目当ては、テレビ放映中のレンジャーのショーだ。商業施設では定番のイベントとはいえ、異例の人出なのは、レンジャーを演じる俳優本人が登場するからだ。
この作品で彼は、水も滴るニューヒーローとして一躍スターの仲間入りを果たした。ここが地元と言われており、その縁で今回のイベントが成立したのではないかと噂されている。
「こちらでしたか」
息を切らせて駆けつけた社員に、慶太は目を細める。
「懐かしいねぇ。新谷くんとこの店で会うとは」
「あの頃は、お世話になりました。潰れそうだったこの店が、今や旗艦店ですからね。社長のお陰ですよ」
「運が良かっただけさ。五十年止まっていた道路整備が再開して、急に街が発展したんだからね」
「ご謙遜を。地方の小さな食品スーパーを、全国展開する総合スーパーに成長させた立役者じゃないですか」
部下の賛辞を聞き流すと、慶太はステージに注目した。
若い俳優が、縦横無尽に走り回っている。
「やはりステージが気になりますか?」
「そりゃ、これだけ人が集まっていたらね。一昨年のリニューアルオープンのときだって、こんなに集まらなかったのにな」
「マスコミが、社長の取材も希望していますが」
「店のことならいくらでも話すけど、息子の話はしないよ。変なイメージをつけたくないからね」
「そうおっしゃると思って、断っておきましたけど」
慶太に雑誌を渡す。今日来ている俳優のインタビュー記事だ。
『変身シーンは、ハルトさんのアイディアが反映されているとか』
『そうなんですよ。昔、親父に教わったんです。風呂に入るとヒーローになれるって』
『そこから、水を被る演出に』
『毎回、風呂に入るわけにもいかないんで』
写真の中ではにかんで笑う俳優は、ステージで敵に囲まれている。
「こうなったら、仕方ない。変身するしかないな!」
俳優が高らかに宣言した瞬間、四方から大量の水しぶきがぶち撒かれた。派手な演出に、観客のボルテージが上がる。
「いけー!」
「がんばれーっ!!」
子供達の声援の中、ステージは煙幕で何も見えなくなる。
その間、観客は叫ぶ。
「いーち、にーい、さーん、しーいっ! ごーっ!!」
ヒーローの誕生だ。
- 終 -
最初のコメントを投稿しよう!