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慶太が会議室から出てくると、課長が待ち構えていた。 「ちょっと行くか」 自動販売機とベンチがあるだけの休憩スペースに連れて行かれる。 課長は、缶コーヒーを買ってくれた。 「俺は、断ってもいいと思うよ」 「そんなことできるんですか?」 会議室で部長から聞かされたのは、異動の打診だった。異動先は、慶太が高校時代からアルバイトをし、社員になってからもしばらく勤めていた支店だ。 本部から店長として店舗に戻る人間は、少なくない。 けれど今回は、慶太が三十歳を過ぎたばかりと若いのと、店の経営状態が最悪という二点が異例だった。 古巣の貝原店の経営が悪化したのは、慶太が店を離れてからだった。今の財政状況は、支店の中でも最下位の部類だ。 とはいえ、最下位グループの店舗には、通常は歴戦の店長が与えられる。 ここ数年、貝原支店にも代わる代わる店長が就いたが、誰も業績を回復できなかった。 閉店決定まで、あと一押しというところ。首の皮一枚で繋がっている。 「こう言っちゃ悪いけど、貝原は潰すしかないだろう。閉店店長になったら、お前はもう上には上がれないぞ」 店舗を閉鎖に追い込んだ店長は、“閉店店長”とレッテルを貼られ、その先の出世は望めない。 「思い入れはあるだろうが、はずれくじを引く必要はない。悪いことは言わない、断れ。断っても良い案件だと、部長も言っていた」 「でも、課長」 慶太は、馴染みの社員やベテランのパート従業員から、「慶ちゃん、何とかならないの」と度々連絡をもらっていた。出張で立ち寄るたびに、所用で電話するたびに、「帰ってきてよ」と泣きつかれた。 その度に「俺は、本部から支えるから」と励ましてきた。 俺が帰れば、どうにかなるんじゃないかと慶太は夢を見る。 従業員からこんなに求められた店長は、今までいないはずだ。愛着ある地元の店舗を、閉店させずに済むんじゃないか。 慶太の楽観に、課長はすげなく首を振る。 「お前一人でどうにかなる問題じゃない」 分かるだろ、と問われるまでもなく、慶太も理解していた。 まだ若い慶太に、大した実績はなかった。店舗勤務自体、この五年ばかり離れていた。 歴戦の猛者が敗北してきた怪物相手に、素人に毛が生えた程度の慶太が敵うはずがない。
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