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嘉門はそんな筋裏を一瞥して嫌味を言い放った。一瞬、怪訝な表情を浮かべた筋裏だが、何も言い返すことが出来ない。
「時間管理が出来んなんてだらしがないねぇ、そんなんで管理職が務まるかなぁ」
嘉門は嫌味たらしく笑った。
上司をいびることほどの快感はない。
「お前みたいな若僧に指図される覚えはない」
「いい大学出て出世した割りには世間を知らない」
「頭でっかち、現場を知らない」
「机上の空論を並べる評論家」
「経験がないのに口達者」
これらが、嘉門が上司いびりをするための常套句である。
散々、他人をいびり倒した挙げ句、朝から晩までインターネットを閲覧し、夕方五時には悠々と帰宅する。残業はしない。
このくらいの老齢になると周囲に先輩と呼べる社員もいなくなるため、一番手で帰宅することに後ろめたさはないのだ。
こうして、ひとり家路につく嘉門。
晩酌の肴は趣味の野球中継。
テレビに向かって愚痴を垂れながら、もう一杯、もう一杯と酌をすすめる嘉門。どうやら妻はいつの間に床に就いたようだ。子供も既に巣を発ち、家の中は伽藍堂のように静まり返ってしまった。
果たして、自分は何のために働いているのだろうか。そして、何のために生きているのだろうか。
定年まで残り五年。嘉門は、行き場のない疑問を自身に投げかけながら、いつしか意識を失ったように眠りにつくのであった。
「―何やっとんねん、真弓、はよピッチャー変えんかい」
試合は終盤に差し掛かっていた。
球数百球を越えたあたりで突然、能美の調子が崩れ、走者一掃のスリーベースを喰らった。点差は五点に開き、いよいよ勝機を失いつつあった。
「一点差やったら勝ち目があったものの、もう駄目やな」
ライトスタンドでは、諦めて帰宅するファンの姿も目立った。
伝統の巨人阪神線は、三戦全敗が濃厚のようだ。
ジョーは、やけ酒とばかりに日本酒を二合頼むと、鯵の梅和えとともに喉に流し込んだ。清々しい梅の香りが酒の辛味と相まって、惨敗の苦味を忘れさせる。
時刻は夜十時を過ぎた。いたずらに時間ばかりが過ぎる。
「さて、老害をどう潰すかな…」
追い出し部屋、海外出向、下請会社へ転籍、いかなる手段を用いても問題分子を排除する。右向け右と言って左を向く愚か者は抹殺する。それが人事の方針である。
「そうだ、いい考えがある」」
ジョーはそう呟くと、再び日本酒に口をつけた。
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