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「あんたみたいな若僧に評価される筋合いはないねぇ!」
この日、嘉門は会議室で卑しく声を荒らげていた。
三十代の課長と五十五歳の部下。
うまくいくはずがない。
事あるごとに上司の揚げ足をとる嘉門だが、この時は特に様子が違っていた。
「なぜワシの評定が三なのだね。納得のいく説明をしてくれ」
安徳工機では半期に一度、人事考課が実施される。
業績評価や、生活面のフォロー、また将来の希望職種などを伺う重要な場であるが、五十五歳の嘉門にとって、将来といっても高が知れている。
定年まで残り五年。いかに平穏な老後を迎えるか。嘉門の頭にはそれ以外になかった。しかし、自らに突き付けられた評価をみて、嘉門は黙ってはいられなかったのだ。
「そ、それはですねぇ…」
嘉門が凄みを利かせると、筋裏は口を紡いだ。
安徳工機の評定は五段階。数字が大きいほど優秀で、翌年のボーナスにも影響する。当然、本意ならざる評価であれば、部下が噛み付くのも無理はない。
「ワシはお前の人生より長くこの会社にいるんだぞ。お前なぞ若造に評価される筋合いはないのだ」
嘉門は評価の取り下げを詰め寄った。
近年、筋裏のような若い管理職が増えている。
バブル崩壊以後、新卒採用を渋ったために、五十代のベテラン社員と、中堅層の空洞を穴埋めすべく大量に採用した若手世代という二極化が発生し、三十代ともなれば早くも責任のあるポストを任される傾向にあるのだ。
しかし、ベテラン社員にとって、年下の上司ほど不快なものはない。
一線を退いたベテランが、高給取りの若年管理職にコキ使われるという捻れた構図。
こうした風潮に臍を曲げた老齢社員が、上司をいびり、仕事を振りにくい状況作り出すのである。そのため、若い管理職が深夜残業で遅れを挽回するのだ。
筋裏は目の下に深い隈を浮かべながら、必死に言い返した。
「た、例えば、同じく技術職の山田の方が、海外出向経験もありますし、彼に高い評価を与えるのは会社として至極真っ当な処遇であります」
「あ? 山田? 他人の話は今、関係ないだろう」
嘉門はさらに声調を荒らげた。
山田といえば、嘉門と同じ課に在籍する若手社員であり、英語が堪能で、海外の新規プロジェクトを先頭で任されるなどホープとして期待されていた。
なんとか嘉門を言いくるめようと説得を試みる崎山。
どちらが評価者か分からない構図である。
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