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人事に告げ口するとは卑怯者。きっと、扱いにくい部下がいるとでも垂れ込んだのだろう。嘉門はグッと拳を握り締めた。 「貴様、筋裏課長の指示を聞かんと、随分と偉そうに立ち振舞っているようじゃないか」 「そ、そんな、滅相もありません!」 「ええか、社訓にもある通り、貴様は会社の駒であり、上からの指示は黙って聞く、それがサラリーマンの心得だろう。それが嫌なら会社を去れ。もしくは腹切りして死ね」 社員二万人。 これほどの大きな組織で、人事部長が直接、目をかける社員は多くない。それほどジョーにとって、嘉門という存在は無視できるものではなかったのだ。 朝から晩まで上司をいびり、若手の芽を摘み、気に喰わなければ労組、パワハラ、など都合の良い言葉を引用して指示鞭撻を遮っていた嘉門にとって、これほど直接的な表現で罵られることは寧ろ新鮮でもあったかも知れない。 「はっきり言って、貴様ひとり辞めたところで会社は潰れん。寧ろ辞めてもらった方が全体の雰囲気が向上する。さっさと一線を退いて若手に道を譲るべきだ。黙って庭木弄りでもしていろ」 ジョーは会議室の一角にある盆栽を眺めて言った。 罵詈雑言の嵐は尚も続く。 ジョーは、嘉門に向き合い次のように問うた。 「三十五。これが何の数字か分かるか?」 突然、取り留めもなく突き付けられた質問。嘉門は、 「さ、さあ、検討も付きません」 と答えあぐねた。 「三十五。これは貴様の勤続年数だ。安徳工機の人事は五十歳役定、強制出向。よって、これを越える社員は全体の一割にも満たない。管理職になれなかった屑のみが本体で胡座をかく。つまり貴様のことだ」 社員を塵芥の如く扱う安徳工機でも、曲がりなりに労働組合は存在する。この歳になるまで一度も管理職登用試験を受けなかった嘉門は、労組という見えないシェルターに身分を守られ続けたのである。 尚も質問は続いた。 「では次、十二。これは何の数字かわかるか」 嘉門は思いを巡らしたが、それが何の数字か、皆目検討もつかなかった。しかし、次にジョーの口から出る内容に、嘉門は驚愕した。 「十二。それは、貴様がこれまでに休職に追い込んだ社員の数だ」 嘉門は目を点とさせた。 たしかに、五十代に差し掛かって以降、昇級の見込みがなくなった嘉門は、半ば自棄に陥り、他の社員に冷たく当たっていた。しかし十二名もの社員を休職に追い込んでいたとは思いも寄らなかった。
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