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「つまり貴様は、少なくとも十二人分以上の成果を出さねば、単なる害悪なのだよ」
「害悪…」
言葉を失う嘉門。これほど直接的な表現を受けたのは初めてである。
一瞬、怒りとも優らぬ感情が芽生えたが、同時に、「尻穴の皺数まで熟知する」と揶揄される人事部の調査能力に驚愕を隠せなかったのも、また真だ。
ジョーはテーブルから身を乗り出すと、
「驚いたか。我が人事部のデータベースの正確さを。がっはっは」
不適に笑った。
「つ、つまり、あなた、何を仰りたいんですか」
嘉門は必死に去勢を張ろうとしたが、ジョーの迫力に敵いようがない。
ジョーはさらに顔を近付けると、
「貴様のような社員を何というか知っているかね」
と問うた。
暫し逡巡する嘉門。すると、考える隙もなく、ジョーの口から衝撃的な言葉が飛び出したのだ。
「老害じゃよ」
老害―。
老いて害のみしか非ぬ存在。
まさか、三十余年もの長きに渡って会社に貢献してきた自分に、「老害」などという下劣な言葉を吐けるとは。今でこそ窓際を陣取る穀潰しに過ぎないが、会社のために身を粉にした時期は長い。それら総合的に鑑みて、よく自分を「老害」などと揶揄できたものである。
老害社員。嘉門にとって、これ以上に自尊心を傷付けられる言葉はないだろう。
あまりの衝撃に喪神する嘉門。
すると、
「今から、このワシが直接、貴様の人事考課をはじめる」
人事部長直々の人事考課。
部長は雲上人、まして人事部といえば、会社の人事全権を掌握する絶対唯一神。
安徳工機の人事を知り尽くした嘉門でこそ、その重大性は熟知している。
「既知の通り、安徳工機の人事は三年でローテーション、例外はない。性別、年齢、家庭の事情など一切考慮せず、全ての社員が異動対象。つまり、本社工場でのうのうと窓際の陣取る老害も、来春にはローテーション対象となる」
ジョーは、会議室の壁に掲示されている世界地図を指差して言った。
「これを地図に向かって投げろ」
「な、なんですか、これは?」
ジョーは、一本のダーツを嘉門に手渡した。
安徳工機の配転は一風変わった方法で決定される。
これまでも、あみだくじ、的当て、野球の勝敗予測、サッカーくじ等、いずれも偏りのないやり方で勤務先が決められるのだ。
三年に一回、人事部主催で行われる大抽選大会では、「誰が海外に飛ばされた」だとか「誰が本社勤務」だとか、各方面で阿鼻叫喚の景色が広がる。
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