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「米兵だー、米兵がきたぞ!」
国際化の流れで、今や海外勤務は一般的となった。海外に対して盲目的な憧れを抱いていた団塊世代の嘉門にとって、海外といえばまさに憧憬の的であった。
雄造が少年時代の大半を過ごした沖縄では、敗戦の雰囲気が漂う中、駐屯基地に駐在する米軍が悠々と幅を効かせていた。
「がはは、見窄らしいイエローモンキー共め」
「へい、ファッキンジャップ」
「クソガキどもめはこれでも食ってろ」
戦車の荷台からキャンデーが振り撒かれると、子供たちは欠食児のように群がり口に頬張った。
アメリカのお菓子を貰おうと少年達は必死で米兵を追いかけ、一方少女らは売春婦として売られていく。そんな光景を、ただ指を咥えて眺めた淡い少年時代。雄造にとってアメリカとは遠くて儚い存在だった。
それから高校までの期間を沖縄の離島で過ごした雄造少年。
父秀仁は密漁を中心とした水産業を営み、母トミの実家はサトウキビ農場と偽って大麻を栽培していた。
「母さん。じゃあ、新聞配達に行ってくるよ」
「いつもすまないね」
実家は決して裕福と言えず、雄造は幼い頃から新聞配達で学費を稼ぐなど苦学生として忙しない日々を送った。
「何を言ってるんだい。オイラ、たくさんお金稼いで、勉強して、うんと偉くなるよ」
早朝四時に起床、新聞配達のアルバイトを済し、学校へと向かう。夜は女装して近所のスナックで働くため、肝心の勉強は深夜になってからだ。
食事は稗や粟、おやつは専ら片栗粉と砂糖を湯で溶いた簡素なグミを食べるなどして空腹を満たし、それでも足らない場合は、祖母宅にある砂糖黍の汁を吸った。
そんな苦学生の雄造には、ある特殊な性癖があったのだ。
「油じゃ、ええ匂いやのう」
嘉門は道路に鼻を近づけると、恍惚な表情を浮かべた。
口から大量の涎を垂らし、白目を剥きながらガソリンを嗅ぐ雄造少年。その様相は気狂そのものであった。
いまだ自動車が嗜好品だった時代の日本。
米兵の運転するフォード車は、嘉門にとって憧れの存在だった。
自動車が道を通過する度、漏れた油に鼻をすり付け、犬のように嗅ぎ回る。嘉門は、油の匂いが堪らなく好きだったのだ。
その特殊な趣向は日に日にエスカレートし、休日ともなれば、日の出前から道路に張り付き、米兵車を待ち構える。
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