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「東京なんて危ない。行ってはいけない!」
秀仁は、雄造少年の東京行きを断固、拒否したのである。
「東京は都会だ。こんな田舎にいたくない」
「東京に行くと精神が崩壊するぞ。東京には、麻薬密売、未成年売春、殺人、強盗などの凶悪犯罪が横行している」
秀仁は、ありとあらゆる方便を並べ雄造の東京行きを拒んだ。
なぜ秀仁がここまでして上京を反対するか。理由は明白だった。
秀仁は一人息子の雄造に対し、高校卒業後、家業を継ぐことを命じたのである。
「お前は家を継ぐのだ。東京に行ったら、誰が後を継ぐのだ」
「やだ、密漁や大麻栽培より、これからは機械の時代だ。僕は東京の大学に行って機械を学ぶのだ」
「貴様、沖縄の島人魂を忘れたんか」
押し問答を続ける父子。
終に痺れを切らした秀仁は雄造の胸倉を掴むと、
「分からんやっちゃ、馬鹿餓鬼はこうだ」
そのまま畳に叩きつけ、殴る蹴るの暴行を加えた。怯んだ雄造少年の頭を掴み、顔面に膝を入れ、その後、よろける雄造にジャーマンスープレックス、極めつけはスクリュードライバーで急所を捉え、父親の威厳を見せつけた。戦いを終えた雄造の顔は変形し、もはや誰だか判別がつかないほどであった。
そんな父子の壮絶な殴り合いを、心配して見つめる母トミ。
売春して生活費を補填し、手塩にかけて育てた息子は、本当に東京に行ってしまうのか。不安が過ぎる。
「はあ、はあ…くそ親父めが」
口から大量の血を流し、命からがら息を吐く雄造。
尚も、
「ぼ、僕は、死んでも、東京に行くのだ…」
と切願した。
「まだそんなことを抜かすのか」
沈黙ばかりが過ぎる。
一通り言いたいことを言い合ったあと、父は、
「そうか、分かったよ」
と溜息混じりに呟いた。
「東京の大学に行くことを許可しよう」
「ほ、本当?」
雄造の熱意に終に折れた秀仁。
雄造は、喜びのあまり顔を緩ませ、血の滲んだ唇を拭った。
「ああ、ただ条件がある」
「条件?」
「就職先は沖縄で探せ。そうしたら東京の大学に行っても良い」
「沖縄で、就職…」
沖縄で就職と言っても、この島には密漁か大麻栽培、もしくは売春の斡旋くらいしかない。でもここで折れては本当に東京に行けなくなってしまうと思い、雄造は「御意」と口先だけで約束を済ませたのであった。
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