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ステップ気候特有の乾いた空気と、扁平形のサボテンが水平線まで群生し、気の遠くなるような焦燥感に支配された。
崎山は、とにもかくにも足を進めた。
治安の悪い街だと聞いていたが、思いの外、通りは賑わっているようだ。商店の壁にはアメリカ資本の飲料メーカーのロゴが描かれている。
ここがメキシコか―。
緊張ですくむ足を引き摺りながら、崎山は目的地を目指すことにした。
フアレスの街には、国境というだけあって、安価な物資を求めに訪れるエルパソ市民も多く見られる。
またそうしたアメリカ人観光客を狙って、路肩には、手足の欠けた物乞いが小銭をせびる姿が散見された。
他にも、幼い子供を抱えた母親、老人などをダシにしてアメリカの富裕層を狙うフアレス市民。
目を合わせてはいけない、刺激してもいけない。然も慣れた様子で、現地人を装って通過する。それがフアレスの街を歩く作法である。
メキシコ、特に国境は治安が悪いと言われているが、麻薬の密売や殺人など凶悪犯罪が蔓延るのは極一部に限られる。
ここフアレスも、首のない遺体が道端に転がっていた、などという物騒なニュースが連日報道されている中、一般市民が事件に巻き込まれるケースは稀だ。
特に日系企業が進出している工業地帯は治安対策も万全であり、日本人が被害に遭うことは少ない。
とはいえ、常に細心の注意を払う必要である。
命すら奪われないものの、貧富差が大きく、スリや車上荒らしといった軽犯罪は日常的に発生する。
常に緊迫状態が続き、反政府デモが暴動化する可能性も否定出来ない。興奮した群衆が警官隊に火炎瓶を投げ、死人が出たこともあった。
国境の検問を越え歩くこと二十分、レボルシオン通りでは早朝からマリアッチが軽快な音楽を奏でていた。
トルティーヤやタコス屋台、外国人向けの土産物屋が立ち並び、拍子抜けするほど治安が良いというのが率直な印象である。
崎山は足掛け、小腹が減ったため、手頃なイタリア料理屋に入店した。
テラス席に腰をかけ、疲れを癒す。
店内には家族連れや若い女性客の姿もあり、ここが本当に世界最凶の犯罪都市かと疑うほどの光景であった。
「ビエンベニード。サー、飲物は如何なさいますか」
入店するとすぐに蝶ネクタイを付した若い店員が話しかけた。
「ボヘミアンネグロと、パスタを頼むよ。あとサラダを先に」
「グラシアス、畏まりました」
店員は颯爽と奥へ姿を消した。
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