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たどたどしい接客であるが、丁寧な振る舞いに好感を覚えた。
しばらくして、年配のシェフが木製台車を押しながら崎山のテーブル前に現れると、
「アンチョビ、卵黄、ブラペッパー、粉チーズ、さらにビネガーで特製ソースをつくります。ライム、マスタードで味を調え、ガーリック、刻みバター、最後にオリーブオイルを加える」
蘊蓄を交えながらシーザーサラダを盛り合わせる老齢の店員。
鮮やかなサニーレタスの緑と、酸味がかったソースが食欲をそそる。崎山はサラダをつまみに、セルベッサネグロを喉に流し込んだ。
食事を終えると、崎山はホテルのチェックインを済まし、再び外に出た。
標高が高いため、陽が沈みかけると、橙色の陽光が真横から差す。
崎山は、赤線地帯の狭い路地を練り歩き、目当ての繁華街へと向かった。
「セニョール、どこ行くの。ちょっと遊んで行かない」
途中、路肩に屯する無数の売春婦に声をかけられる。
誘いに釣られ一瞥をくれると、肌を露出し崎山を誘惑した。
呼び込みをする娼婦たちの会話が耳に入る。相場は三十ドル、値切れば二十五ドルといったところか。時折、日本語の呼び込みも聞こえた。どうやら少なからず日本人客も来訪するらしい。
娼婦の中には明らかな未成年の姿もあり、周辺を大柄な白人男性が囲っているのを見ると、何とも言い様の無い気持ちになった。しかし、自分も同じ穴の貉と看做されていることを思うと、情けなく感じられる。
「ええと、たしか、この辺だったかな」
地図を片手に繁華街を進む崎山。
軒を連ねる安酒場では昼間から黒人客が大酒を喰らい、店の合間に入居するタトゥー屋では、中学生ほどの若い男女が互いの名前を彫り合う姿があった。
出来上がったタトゥーの出来栄えを褒め合い、人目を憚らず接吻する若い男女。
表向きにpharmacyと記されている店舗も、奥に行けば興奮剤やマリファナが所狭しと陳列されている。
これがフアレスの日常である。
ボディチェックを済ませ、目当てのクラブに足を踏み入れると、アメリカ人のステレオタイプのような男が崎山を出迎えた
「へい、この店は初めてか。ブラザー」
自らを「ダニー」と名乗る大柄な男は崎山の肩を二、三度、叩くと、店奥の席まで誘った。
「お前は日本人か?」
「ああ、この手の店は初めてなのだ」
「心配するな。俺に任せろ、ブラザー、とりあえずビールでも飲むか?」
ダニーは問うた。
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