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転職業界の評判も最悪で、またそうした状況に拍車をかけるようにも、五十歳役定制度や高齢社員の昇給停止など、新たな役員方針が、ベテランの機嫌をより損ねる要因になっていた。 ―試合は六回を終えた。 先発能見の好投で巨人打線を一失点に抑えているものの、肝心の打線が響かず、阪神のスコアボードにはゼロが並んだ。 「そういえば、そろそろ人事異動の時期ですね」 「人事異動? もうそんな時期か」 安徳工機では、四月と十月に一斉に辞令を交付している。 異動の時期が近付くと、やれ誰が飛ばされる、だとか、ようやく馬鹿上司から解放される、などといった噂が立ち込むものである。 「そろそろ、我が人事部としても、次期の経営計画の準備をはじめないと…」 掛布が言うと、ジョーは剣幕を荒らげ、 「ええか。安徳工機の人事は三年でローテーション。これ以外にない」 このように吐きつけた。 人事は基本的に三年でローテーション。これは、年齢、性別、私事情問わず、すべての社員に該当する原則である。つまり、飛べ、と言われれば、地球の裏側であろうと、地獄の底であろうと飛ばされるのが安徳工機の人事なのである。 「我社には適材適所という概念は存在せず、すべての業務をマニュアル化し、誰がどのポストに座っても会社が回る状況をつくる。つまり、社員など代替品に過ぎないということだ」 ジョーは社員手帳を取り出すと、人事規則の記されたページを開き、徐に掛布の目前にやった。 「ほれ、読んでみろ」 安徳工機社訓「鬼の十戒」 ・人事は基本的に三年でローテーション。例外はない ・社員は会社の駒であり、機械の一部であり、人間ではない ・色気を捨てよ、奴隷として生きよ、滅私奉公こそが美徳である ・命を賭してでも守るべきは会社であり、家庭ではない ・長時間労働こそが美徳である。土日祝日の一切を返上して仕事のために時間を割くこと ・上司に楯突く社員は抹殺する。部下には常に言論弾圧を強いる ・社長は絶対唯一神、部長以上は雲上人。上意下達が原則であり、上位者に意見するときは極力言葉を慎むこと ・右向け右と言って左を向く愚か者は鉄拳制裁。会社の方針に従わない社員は問答無用で排除する ・自己研鑽を怠る穀潰しに生きる価値はない ・サラリーマンたるもの会社に忠誠を尽くし、利益のために手段を選ばず、会社のためなら死んで本望と思うこと 社訓を読み終えた掛布は、酒気が抜ける思いがした。
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